1994年11月のとある午後、オフィスの電話が鳴った。 当時、私は、シリコンバレーでEFI(エレクトロニクス・フォー・イメージング)という会社の副会長兼最高財務責任者をしていた。そのころ急成長していたカラーのデスクトップ・パブリッシングに使う製品を開発する会社だ。 この日、サンフランシスコ空港にほど近いサンブルーノは秋晴れのいいお天気だった。電話を取る。もちろん、だれからなのか知らずに。有名人からなどとは思いもしなかった。 「もしもし。ローレンスさん?」 「はい、ローレンスです」 「スティーブ・ジョブズです」 電話の主はたしかにそう言った。 「雑誌であなたの写真を見かけ、もしかして仕事をご一緒できないかと思いまして」 あのころはシリコンバレーで茶飲み話といえばスティーブ・ジョブズの失脚という時代だったが、それでも、本人から電話というのは思わず固まってしまうほどの驚きだった。 10年ほど前に
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