2024年9月1日、朝鮮人犠牲者追悼式典で。(安田菜津紀撮影) 学校帰り、好きな漫画の最新号が出ていないか、気になる新刊はないかと、最寄りの駅前の本屋に立ち寄る。そんな高校時代の「ルーティーン」はいつしか変わり、私は本屋に寄りつかなくなった。自分のルーツを知った後、当たり前のように出入りしていた本屋の光景が、全く違うものに見えるようになったからだ。 父と兄は、私が中学生の時に亡くなっている。後に戸籍を手にし、父が在日コリアンだったことを初めて知った。父がルーツを最期まで「語れなかった」のは、差別の実情と切り離すことはできないと、今は考えている。 あえて特定の国に対する敵意を煽るような本が、こんなに目立つところに置かれていたのか――。高校生の私は、父のルーツを知ったことで、ようやくその光景に「気づいた」のだ。だからこそ、思う。書店に入るだけで怯えなければならない経験を、誰にもしてほしくない、

