経済学では、財は、その使用によってなんらかの効用 utilityを得るための手段です。ここでいう効用とは、快楽であり、幸福であり、欲望の満足です。経済学は財の効率的な分配を研究していますが、それは結局のところ、僕たちが効用を効率的に得るための道具なのです。 そこでこういう疑問が出てきます。では、なぜ効用そのものが直接、売買されないのだろうか。なぜ、しあわせは商品化されないのだろうか。 本作は、脳内の物理的状態を変更できるナノマシンによって、しあわせが、いとも容易く得られる世界を描いています。この技術の衝撃はすさまじく、既存の価値観はことごとく破壊され、生きる理由でさえも、どこにも見出せなくなりそうな絶望に襲われます。いや、その絶望ですらも、無意味にしてしまいます。パラメータをちょっといじっただけで完全に消えてしまう程度の絶望なら、はたして絶望と言えるのでしょうか。まあ、同じことは希望にさえ