中勘助は明治18年に東京で生まれ、昭和40年に没した作家・詩人である。(谷崎潤一郎より一つ年上であり、谷崎と同年に亡くなった人だ。)彼は東京帝国大学英文学科で夏目漱石の講義を受け、のちに国文学科に転じた。明治44年に執筆した 『銀の匙』(前篇) が漱石に注目され、同作は東京朝日新聞に連載された。大正2年に書かれた同後篇も同じく新聞に連載された。*1 本作は作者の自伝的小説である。幼少時代の回想がほとんどを占めており、子供の頃の出来事が子供の頃の視線で、時に美しく、時に醜く描かれている。前篇の前半は 「よくこんな細かいことを覚えてるなあ」 と思わせるようなエピソードが順不同に並べられているが、小学校に上がるあたりから次第に主人公 《私》 の成長過程がストーリーの軸になって行く。ときどき 《私》 が幼い頃の出来事を回想する場面があるのだが、「あっ!」 と声を出して驚いてしまうほど効果的な挿入の