平成21年8月から2年間、沖縄防衛局で勤務したOさんががんで亡くなった。59歳だった。 この期間の沖縄は普天間基地問題で大揺れに揺れた。鳩山由紀夫氏が首相になったのが、Oさんが赴任した1カ月後。鳩山氏は、普天間基地は「最低でも県外」と辺野古移設を破棄して、沖縄県外への移設を約束した。しかし、移設に応じる他県はなく、結局、自民党政権が米国や沖縄県に了解をとりつけた、辺野古への移設を再度言いだすことになってしまった。 これに沖縄県民が怒った。基地は県外、と喜ばせておいての前言撤回は沖縄をバカにしているというのだ。鳩山氏が来県したとき、人々は「怒」のプラカードを並べた。当然だろう。 鳩山氏の思いつき発言のため、普天間問題はいまだに宙に浮いたままであり、基地周辺住民の危険な状況は改善されていない。 Oさんは、時の首相のでたらめ発言のために、県、市、市民団体、米軍との調整に走り回った。鳩山氏の尻拭い