少し前に、世界的な言語学者であるIvan Sagが亡くなった。 以下は郡司隆男氏による記事(文中の「彼」はSagのこと)。 ずいぶん前の話になるが、今でも時折思い出すのは、彼が、ある指導学生の研究発表のときに、内容でなく、例文の作り方に注意をしたことである。言語学の論文では、しばしば例文を自分で作る。その言語の母語話者ならば誰でも容認するであろう例文と、誰も容認しないであろう例文を並べ、理論の予測を検証するのである。 例文には、議論のために、特定の文法構造をもたせる必要がある。例えば、主語と目的語をとる他動詞を含む例文が必要な場合がある。そんなとき、安易に他動詞を選ぶと、英語でも日本語でも、「殴る」とか「殺す」というような、よく考えると物騒な動詞を使ってしまいがちである。 彼は、そういう、例文のもつ暴力性に敏感だった。研究発表の場でも、当該の学生に「何度言ったらわかるんだ」というような言い