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もののあはれの検索結果1 - 8 件 / 8件

  • 「エモい」は「あはれ」の子孫です…命削って作った三省堂国語辞典、始まって以来の大改訂

    【読売新聞】 「サンコク」の愛称で親しまれている「三省堂国語辞典」が約8年ぶりに改訂され、第八版が今月17日に発売された。「スッチー」「MD」など約1100語が消え、「エモい」「黙食」といった約3500語を新たに収録した。ネット時代

      「エモい」は「あはれ」の子孫です…命削って作った三省堂国語辞典、始まって以来の大改訂
    • 「もろともに あはれと思へ 山桜」 前大僧正行尊 武士の勢力が拡大する時代を修験者として過ごした - 安心感の研究 by 暖淡堂

      百人一首第66番目の歌の作者は前大僧正行尊さきのだいそうじょうぎょうそんです。 天台宗の僧侶であり、歌人でもありました。 今回は前大僧正行尊について紹介します。 前大僧正行尊とは 生年1055年、没年1135年。 平安時代後期の人です。 三条天皇の皇子敦明の孫に当たります。 園城寺(三井寺)の明尊の下で出家し、園城寺長吏を経て天台座主となりました。 山伏としての修行を重ねて、修験者としても知られていたようです。 百人一首に選ばれている歌は山岳修行中に出会った風景を詠んだもの。 深い山の奥にひっそりと咲いていた桜を、我が身と引き比べて歌にしたものでしょう。 時代背景 次第に武家の二大勢力の台頭が目立ってきます。 1028年に起こった平忠常の乱を平定した源頼信が関東地方で勢いを伸ばします。 源氏が関東の雄として力をつけるきっかけとなります。 この1028年は藤原道長の没した年の翌年になります。

        「もろともに あはれと思へ 山桜」 前大僧正行尊 武士の勢力が拡大する時代を修験者として過ごした - 安心感の研究 by 暖淡堂
      • 光のどけき春の日に~もののあはれのマインドフルネス - 記憶の森のちいさな旅

        おはようございます。γ波催眠療法の施術と指導をしているShiva(しば)です🌿 気付けは桜の花は終わり、つやつやとした若葉がかわいらしい姿を見せてくれています。今年は比較的長い間桜の花を楽しめましたね。 あんなに咲き誇っていた桜がいつの間にかはらはらと舞い落ちていく・・ その光景に、どこか切なさや美しさを感じませんか? 平安時代の王朝文学のキーワードに「もののあはれ」ということばがあります。 折々に感じるしみじみとした趣き、哀愁などを「ああ」と思う言葉にならない感情やそれを「美」ととらえる感性。 王朝文学の理念ではありますが、「もののあはれ」は江戸時代の国文学者、本居宣長が見出しました。 この感性は心理学でいうところの「両価感情」・「アンビバレンス」という、相反するような感情を持つ状態と似ています。 ✅悲しいけれど、美しい ✅さみしいけれど、なぜか心が穏やかになる ✅憎いけれど愛している

          光のどけき春の日に~もののあはれのマインドフルネス - 記憶の森のちいさな旅
        • 「エモい」は「あはれ」の子孫です…命削って作った三省堂国語辞典、始まって以来の大改訂(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース

          サンコクは「辞書は時代を映す鏡」という編集方針のもと、1960年の初版刊行以来、版を重ねてきた。今回の改訂では、約8万4000語を収録、約4%に当たる約3500語を新たに加えた。コロナ禍で広まった「人流」や「ソーシャルディスタンス」「黙食」などに加え、「エモい」などSNSで広まった新語も入った。 【エモい】(形)〔俗〕心がゆさぶられる感じだ。(略)〔由来〕ロックの一種エモ〔←エモーショナル ハードコア〕の曲調から、二〇一〇年代後半に一般に広まった。古語の「あはれなり」の意味に似ている。(「三省堂国語辞典」) 飯間さんは「『エモい』なんて言葉は2、3年で使われなくなるという見方もあるかもしれない」としながら、「漠然と自分の好感を示す便利な言葉は、長い間使われる傾向がある」と解説する。たとえば、平安時代に生まれた「あはれ」は、しみじみとした気持ちを表す言葉だが、「いとあはれ」と好感を示す表現と

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          • 「あはれとも言ふべき人は思ほえで」 謙徳公 同情を求めた「切なさ」の表現 - 安心感の研究 by 暖淡堂

            百人一首第45番目の歌の作者は謙徳公(藤原伊尹これまさ)です。 藤原忠平の孫になります。 今回は謙徳公について紹介します。 中納言朝忠とは 生年が924年、没年が972年。平安中期の人。 この人も当時の権勢の中心にいた藤原北家につらなる一人で、藤原忠平の孫、藤原師輔の長男にあたります。 官位は正二位、摂政、太政大臣。高位にまで上りました。 病気で49歳で亡くなりました。死後に贈正一位。 性格は豪奢なものを好んだといわれています。 父藤原師輔の葬儀に際し、父からは倹約することを日頃から言われいたにも関わらず、普段通りのものを執り行いました。 貴族の葬儀なので、派手なものだったようです。 人々からは、父の遺訓を守らなかったので、49歳という若さで亡くならないといけなかったのだ、とも囁かれたそうです。 この歌の内容は、自分の思いを受け入れてくれない女性に対して、切ない思いを告げたものですね。 そ

              「あはれとも言ふべき人は思ほえで」 謙徳公 同情を求めた「切なさ」の表現 - 安心感の研究 by 暖淡堂
            • 「エモい」は古代の「あはれ」と同じ用法を持つ、と指摘したのは三省堂「今年の新語2016」と落合陽一氏どちらが早かった?

              飯間浩明 @IIMA_Hiroaki 1967年10月21日、香川県高松市生まれ。国語辞典編纂者(出版社社員ではありません)。『三省堂国語辞典』編集委員。著書『日本語はこわくない』PHP、『日本語をもっとつかまえろ!』毎日新聞出版、『知っておくと役立つ 街の変な日本語』朝日新書、『ことばハンター』ポプラ社 他。『気持ちを表すことばの辞典』ナツメ社 も監修。 asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/ 飯間浩明 @IIMA_Hiroaki 「エモい」について、古代の「あはれ」はこれとほとんど同じ用法を持つと、三省堂「今年の新語2016」の選評は述べています。ところが、ほぼ同時期、落合陽一さんが同じ表現をしていることを知りました。「あはれ」と関連づけることは間違っていなかった、という気持ちを強くします。 pic.twitter.com/8wWgv2W8S1 2022-12-20 19

                「エモい」は古代の「あはれ」と同じ用法を持つ、と指摘したのは三省堂「今年の新語2016」と落合陽一氏どちらが早かった?
              • 国語科教員さんはTwitterを使っています: 「すごく昔に高3の古文の授業をしてたら感想に「古文って『あはれ』や『をかし』を使いすぎじゃないですか。現代では『ヤバい』は批判されるのになんで古文ではそういうことはないんですか」って書いてあってあはれにをかしくてヤベえなと思いました。」 / Twitter

                • 源氏物語 恋するもののあはれ展

                  源氏物語 恋するもののあはれ展 2024/1/29(月) ~ 2025/1/31(金) [開館時間] 9:00~17:00 [場所] 石山寺世尊院 展示は終了しました。 平安時代とつながる、 もののあはれな恋 「もののあはれ」は一言では表現できない、 しみじみとした趣深い感情を表す言葉です。 世界最古の恋愛物語とされる源氏物語は 「もののあはれ」を表現した文学ともいわれています。 本展示では、源氏物語の和歌や平安時代の恋を 彩った文化に触れ、私たちが生きる今と 平安時代がつながる素敵な体験をご用意しました。 紫式部が物語の執筆を始めたとされる石山寺で、 特別な時間をあなたに。

                    源氏物語 恋するもののあはれ展
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