「カラン,コロン」 少し重い扉を引くと,呼び鈴が乾いた音を立てた。 昔のまんまだ。何もかも。 お店の中はきちんと整理されていた。 カウンターにはカップやグラスが整然と並び,5,6あるテーブルの向こう側には,白いピアノが静かに佇んでいる。 30年前には年代物の赤いロールスロイスが展示されていた気がするが,今回は見当たらなかった。 老人は,カウンターに一人座っていた。 30年前には,初老ではあったがよく日に焼け,引き締まった体に白い歯が印象的な生気溢れる男性であった。 体全体が小さくなったようだ。 腰を曲げて一心に帳簿に目を落としている。 「やってますか?」 私が扉を半開きにしたまま尋ねると,彼はその時初めて私に気付いたようで,ゆっくり顔を上げた。 顔にいくぶんか脂肪がつき,たるんではいたが,目の横の染みは昔のまんまだった。 しかし,目には光がない。 視力が弱くなっているのだろう。 「やってま