首相を見ていると、単純な家父長的保守政治家とはだいぶズレている面があり、例えば野党議員と討論すると必ず「親や教師に叱られる子供」の側になって、むしろそれを支持の源泉にしてさえいる。戦後民主主義の帰結として(!)江藤淳的な治者たり得なくなった大衆は、子の方に自己同一化するのである。
コロナの時代、巣ごもりを強いられている今こそ、大著に挑戦したい。私のお薦めは評伝「江藤淳は甦(よみが)える」(新潮社、2019年小林秀雄賞)だ。戦後日本の在り方を問い続けた論客、江藤淳を追った780ページに及ぶ労作である。著者は江藤担当“最後”の編集者だった平山周吉さん(68)。今は「雑文家」を名乗る。何かと敬遠されがちな江藤の言論を今の世に問いたいとの思いが伝わってくる。 冒頭から江藤の言葉が読む者を引きつける。<母はそこにいるが、同時に無限の彼方(かなた)にいて、私はどうしても手をのばして母の頰に触れることができない。そのとき、いわば私は自分と世界とのあいだの距離を識(し)った。それは言葉によって埋めるほかないものである>。江藤が幼い頃、亡くした母への思いだ。
今回の平山周吉さんのご著書ですが、読んでいる時点ですでに大変な本が出たなと思いました。江藤淳というと、表面的には保守派と規定されるわけですが、まったくそういうことを感じさせず、しかも実証が素晴らしいことは誰が読んでもわかることです。随所に平山さんの冷静な批評が入り、さらに同時代史が描かれているという意味では、小熊英二さんの『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)に匹敵する、あるいは冷静な筆致においては超えているくらいだと思います。まさに江藤淳が甦えると同時に、日本の戦前から戦後にかけての近代史を、小熊さんが社会学史だとしたら、こちらは文学史から見たものが活写されていて、江藤本人に興味を持つ人以外も巻き込むだけの広がりと厚み、射程距離の長さが『江藤淳は甦える』の魅力だと思いました。 ありがとうございます。江藤淳という人は『漱石とその時代』(新潮選書)、『小林秀雄』『海舟余波』(講談社文芸文庫)、『完
「会社に入って20年余、角川ソフィア文庫の編集長を務めて10年という節目の年に、そろそろ自分の欲しい本を出しても良いかなぁと(笑)。もちろん編集者としての勝算もありました。前年に出版した『小泉八雲東大講義録』の最終講義の一部をSNSに投稿したら、そのツイートに2万近い“いいね”が来た。これはいける、と。日本人は、最終講義が好きなんです」 と編集者の大林哲也さんは語る。この度、『日本の最終講義』(KADOKAWA 4500円+税)を編集、出版した。 大林哲也さん 5000円近い大部の本に収録されたのは、鈴木大拙(仏教哲学者)、宇野弘蔵(マルクス経済学者)、貝塚茂樹(中国史学者)にはじまり、網野善彦(歴史学者)、阿部謹也(西洋史学者)、日野原重明(医師)に至る錚々たる23名もの最終講義。 「仕事の合間に、国会図書館に行ったり、ネットでひたすら検索をかけてヒントを探したり、弟子筋の方に尋ねたりと
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く