(河出書房新社・1980円) 詩と小説、重なり変位しあう関係性 小説は詩に還りたがっているのではないか。ここ数年、そんなことを思うことがある。定型詩の形で物語を書いていた西洋で、散文が文学の中心を担うようになるのは、十七、十八世紀に「小説」が急速に発達してからだ。定型の束縛からの解放。わたしたちの生活言語に最も近い言葉でその生を模倣しようとする小説は、ひとの気持ちを抒(く)むのに向いており、個人が尊重される近現代の流れに則していた。一方、詩も押韻と韻律に縛られない散文詩が発展する。 いま小説は(より自由になった)詩に立ち返り、そこに改めて豊かな鉱脈を求めているように見える。英米では暫(しばら)くヴァース・ノベルという詩と小説が融合した文芸が盛んだし、国内外で詩人の書く小説が高く評価されている。
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