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貿易関係の増田が現状をまとめてくれてたので(anond:20260313174445)、自分はもう少し踏み込んで「今後50%くらいの確率で起こりうる最悪の展開」について書いてみる。電力・ガス関係の仕事をしている立場から。 先に言っておくと、これは「確実に起こる」話ではない。ただし「起こってもおかしくない」話だ。 ■前提の整理 まず数字の確認から。日本の電源構成のうちLNG火力は約3割。日本のLNG輸入における中東依存度(カタール+UAE+オマーン)は約11%。「なんだ、たった11%か」と思った人は少し待ってほしい。 問題は3つある。 1つ目。カタールは世界のLNG輸出の約20%を占めるメガサプライヤーだということ。カタールが止まると「日本のカタール依存5%」の問題ではなく、世界のLNGスポット市場全体が干上がる。3月2日にJKM(日韓向けLNG指標価格)が一時40%近く跳ねたのはそのため。
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写真は家蔵の書店カバー数種。未使用品で戦前のものは極めてめずらしい。 書店カバー4月上旬発売の「近代出版研究」コラムに「書店カバー(書皮)」を書いた。そこでNDLデジコレから見つけた1915年東京堂書店の包み紙を紹介しておいたところ、編集段階で森研究員からツッコミが入り、みんなで再検討した。 包み紙を即カバーと考えるな どういうツッコミかというと、①包み紙(当時「包紙」と表記)=書店カバー、としてはいけない、ということと、では②包み紙が書店カバーになる発生機序はどのようなものだったか、ということ。 ①は言われてみればそのとおりで、1910年前後、つまり、明治末年あたりから「如何なる店にありても必ず相応の包紙を用意せざるは莫」い状態だった(『実業界』三巻二号、三〇頁、一九一一・六)という環境にあって、書店にも包み紙ができたわけだが、それをどのように運用するか、それでどのように本を包んでいたの
告知です! 【告知】4月上旬刊行 あの、「近代出版研究」が帰って来た! ミュージアム系で流行りの【エフェメラ】を特集 「エフェメラって? 軽薄短命の紙がみ」 古本でいう「紙もの」「薄物」といった一過性資料の紙を特集 昨年急逝した【紀田順一郎】先生の追悼小特集も! 【拡散希望】 #紀田順一郎 #エフェメラ #近代出版研究 #出版史 https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408828/ 【4月上旬刊】近代出版研究 特集「エフェメラって?――軽薄短命の紙がみ」 https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408828/ 特集「エフェメラって?――軽薄短命の紙がみ」 『近代出版研究』5号特集は、「エフェメラって?――軽薄短命の紙がみ」です! 最近注目されている「エフェメラ」、それも印刷物=〈プ
午前中あたふた 午前中は近所のコーナンへ家族とお買い物。数年前床屋さんに教わって以来、よく来る。みかん、ベーコンなどを買う。最近、政権の失策による狂乱物価で困る。 午後、編集会議でおでかけ途中、クルマの保険屋さんが来ることを忘れていたと架電でわかり、急遽引き返し2時間ほど。従来通りに契約。その後、あわてて編集会議へ。 存外に時間がかかり、神保町へは行けなかったが、Kさんがジョージ方面へ進出と知り、いっしょに高円寺へ向かう。途中、会議の続きなど。しかし本当に良い原稿が揃った。K間さんの原稿などは日本滅亡まで参照されるのではないかしら。 高円寺へとちげき 今日はBook&A展。実は昨日からやっている。着いたら午後5:45だったので、10分くらいしか見れないねと思っていたんだが、18:00になっても一向に閉場するそぶりがない。B&A展はなんと19:00までだったので、ありがたくじっくり見る。結果
第13項 現代と異なる当時の特色 明治期の雑誌を考察するにあたっては、現代とは異なる社会的・経済的条件を理解しておく必要がある。営業雑誌は全国販路を前提とし、『中學文壇』のように年齢、『女子文壇』のように性別で読者層を分けた。 一方、「地方文芸雑誌」は地域の文芸界の活性化を目的とし、発行者の居住地から半径数十キロ圏を読者範囲として設定している。 この前提のもと、当時の「地方」と青少年の状況は現代とは大きく異なり、その特徴は以下の五つがある。 明治期は農業が経済の基盤であり、石川・新潟のように人口の多い地方都市も栄え、地方発行の営業雑誌も成立したこと 県庁や駅を中心とする現代的な中心市街は鉄道敷設以降の形成であり、それ以前は江戸時代の藩庁周辺が繁華街で、知識層が形成されやすかったこと 昭和初期まで活版印刷は比較的廉価で、旧制中学・高校生でも活版雑誌を発行できたこと 明治期に
第8項 雑誌発行と投稿がもたらすもの 第9項 旧制中学校の増加で「地方誌」が誕生? 第8項 雑誌発行と投稿がもたらすもの 雑誌の創刊を志す青少年は多いが、実際にそれを継続し、成果に結びつけられる例は少ない。雑誌の編集・発行には多大な労力が伴い、いかに高い志をもって始めたとしても、途中で挫折を余儀なくされることが多いためである。 とりわけ詩や文章の創作に情熱を抱く若者たちは、理想を掲げて創刊に踏み出すことが多い。だが、現実には原稿の執筆難や編集・製作・資金面の課題に直面し、その困難さに直ぐに気づくことになる。結果として、創刊当初の熱意は次第に冷め、雑誌自体が自然消滅するケースは少なくない。 昭和三年に、童話の同人雑誌『羊歯』を謄写版で創刊した關英雄(当時十六歳)も、そうした体験を有していた(關は戦後、童話作家として多くの著書を刊行した)。
・鹿島則泰の子と孫(4) さて、若干の不安はあるものの、これにて鹿島則泰(1867.十二.七~1946.1.10)の生歿年を確定させることが出来た。いや、49年前に既に明らかにされていたのである。なお、慶應三年(1867)十二月七日生だけれども西暦だと1868年1月1日生と云うことになる*1。数えでは八十歳、満78歳と9日で歿したことになる。ちなみに義弟の赤堀又次郎も、数え八十歳、満78歳で歿している。 続いて、則泰の子と孫の条も抜いて置こう。海野正造『佐原喜三郎と鹿島則文』323頁6~16行め、 則文の孫(則泰の長男)則順 一八九四(明治二十七甲午)年七月十五日生(生母朝倉信子) 一八九八(明治三十一戊戍)年十二月一日水戸小野真喜の次女ふゆと結婚 一九二二(大正十一壬戍)年八月二十三日岡山県和気町で卒す 則文の曾孫(則順の長男)則元 一九一八(大正七戊午)年二月十一日生(生母小野ふゆ)
しーさいど@11/9プリステ(ウマ50) @SeasideExp バズった結果「即売会の売り子?タイミーさん頼めばいいじゃん」などと言われたんだけど。それ実際にやってみてレポートして評論同人誌のネタになるやつなのに、なんで自分でやらないの・・・? 2025-08-19 17:38:31
『大またであるく』おととい読了。日本レファレンス史における1970年代のカロリング・ルネサンス――って、意味わかるよね――らしきものを求めて、その仕掛け人とおぼしき伊藤松彦の自叙伝を読んだのだが… ふしぎな本→固有名がない!(*'へ'*) ちと問題ある本、というか、肝腎なことが書いてない。まづ、固有名(人名)がない。ある場合には、すでに公刊された図書がある場合に限られる。 これは意図して出さなかったとしか読めないのだが、どのような意図だろう。連載時の『みんなの図書館』読者に固有名をだしたところでわからんだろうと思ったのか、それとも、すでに公的でないことは一切かかない(つまり、秘する)つもりだったのか。おそらく後者だろうが。 一般的な意味でいちばん興味深いのは、じつはこの人、「春秋会事件」時に職員組合の執行委員長をやっていたという(ってか、これは知らんかった)。 その後突如としてやって来た汚
Keisuke HATTORI @HAT0406 「大学図書館の書庫について驚いたことがある。それは火災発生時のルールだ。書庫で火災が発生した場合、規定の時間までに書庫から退出しないと死ぬことになる。書庫内に二酸化炭素だか何やらを充満させ、火災が拡がるのを防ぐためだ。つまり学問の世界では人の命よりも優先するものがあり、それが図書であるというのである。書庫に入庫するというのは自分の命をリスクにかける行為なのだ。そうであるほどに、学問は偉大なのだと思い知らされた、というよりも若い心で勝手に学問の偉大さを解釈したのであった。」 l.u-tokyo.ac.jp/teacher/essay/… 2025-05-25 20:22:53 吉村風(酒徒吉風) @syutoyoshikaze 国会図書館も、書庫の火災発生時は二酸化炭素で消火する。 規定では全員避難したあと消火スイッチを押すことになっていたが
コンビニで雑誌 立ち読みしてた 昨日の僕に Bye-Bye (嵐「サクラ咲ケ」より) 某予備校のCMにも使用された曲の歌詞ではないが、筆者もだいぶ前、コンビニで雑誌を立ち読みしていたかつての自分にはBye-Byeした。もっとも、それは筆者が何かしらの人間的な成長を遂げたという意味ではない。近年、コンビニにおける雑誌や書籍の取り扱いは減少傾向にあり、そもそもコンビニに行けども、雑誌がないというケースが少なくない。また、雑誌の取り扱いがあったとしても、多くの場合は開封禁止シールが貼られており、ページをめくっての中身のチェックはほぼ不可能になっている。つまり、物理的に立ち読みができなくなったので、コンビニ立ち読み愛好者としての自分にはBye-Byeせざるを得なくなったということである。 筆者の他愛ない習慣の終わりからまずは書き出してみたが、しかし、「他愛ない」という言葉だけであっさりと片づけるの
昨日、みちくさ市の帰りに神保町の東京堂へ行ったら、1F 東書架一面が、「近代出版研究」フェアになっていた(×o×) 正確には棚を作っている最中で、ちょっとまだ並べきっていないところもあったのだが、そこに並んでいた話題の『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』置いてあったので、購入。 この「つぶれてきたか」本は基本は戦後、中小の書店が常に損な役回りをしてきた業界構造について、大取次の優越性や、コンビニ、TRCなど競合勢力との関係をトピックに立てて、数値もいろいろ出して論じるというもの。歴史というより政策論的な感じだが、当面、小売書店論で適宜、参照される本になるだろう。 昨晩、森さんに「つぶれて」を見せたら、ずいぶん作り込みがされている本だとの指摘。本文がふつうの新書の2,3冊分があるということもあるんだけれど、異例にも最初に出版用語のグロッサリーを立てたり、各章末に囲みでまとめ文を載せたりして
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