研究といえば、まずは「テーマを絞り込む」ことが重要である、でないとぼんやりとした研究になってしまってよくない……などと言われることがしばしばあるが、ほんとうにそうなのだろうか。 このほど邦訳が出版された『リサーチのはじめかた 「きみの問い」を見つけ、育て、伝える方法』(筑摩書房)の著者である、スタンフォード大学歴史学科教授のトーマス・S・マラニー氏とブリティッシュ・コロンビア大学アジア研究学科教授クリストファー・レア氏が、研究において「テーマを絞り込む」ことについて考える。 【翻訳】安原和見(やすはら・かずみ) リサーチにおける金科玉条 「テーマを絞り込みなさい」 あなたは何度この言葉を口にしてきただろうか。学生が研究課題のことでアドバイスを求めてくる。話を聞くと、あまりに広すぎるテーマの中でまだ途方に暮れているらしい。それであなたはこう尋ねる。「テーマを絞り込む努力はした?」 私たち自身
立花隆も女性週刊誌のライターだったことの意味…商業主義と志のはざまで、日本のノンフィクションはどこへ行く?《保阪正康寄稿》 歴史から現代史を斬る マスメディアが描かない部分 前篇《いまあえて問う、佐野眞一の死が意味するものとは何か…ノンフィクションといジャンルの命運》で、日本のノンフィクション成立史に関わって、鎌田慧と立花隆の作品に触れました。 鎌田慧の『自動車絶望工場』は、鎌田自身がトヨタの下請工場で期間工として働いたことを元にした記録文学です。低賃金、劣悪な労働環境、荒む労働者の内面などが生々しくルポルタージュされていて、非正規労働問題や貧困問題がクローズアップされている現代でも、古びずに読まれ得る内容だと思います。 この作品が画期的だったのは、時代のなかでまだ明らかにされていない現実を書き記すために、鎌田が身を切る労働の現場に飛び込み、そこでの社会矛盾を伝えたことです。それは、いわば
衝撃的なドラマだった 『エルピス――希望、あるいは災い――』(以後『エルピス』)は、衝撃的なドラマだった。 テレビ局アナウンサーの浅川恵那(長澤まさみ)と情報バラエティ番組ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)が、約10年前に八頭尾山で起こった若い女性の連続殺人事件の犯人とされる松本良夫死刑囚(片岡正二郎)の冤罪疑惑の真相を究明していく。恵那の元彼で報道部エース記者の斎藤正一(鈴木亮平)が言うように「どんな小さな判決だって、そこには警察と検察と裁判所の威信がかかっている」ので、冤罪をはらすとは、国家権力と闘うことを意味する。 日本の警察・検察・司法やマスメディアのあり方を問い直すドラマを送り出してくれた脚本の渡辺あや、プロデューサーの佐野亜裕美、ディレクターの大根仁らをはじめとするスタッフの勇気と決意にまずは心から拍手を送りたい。 『エルピス』は、一方的に正義の側に立って悪を糾弾するような単
アメリカの大学で起きていること 言語学者であるスティーブン・ピンカーが、発言が差別的であると批判され、アメリカ言語学会から「除名」されかけた騒動をはじめとして、アメリカでは学生による大学教授への攻撃や特定の言論に対する抑圧が問題化している 。 その背景には、気に入らない人物の過去の発言を取り上げて集団で糾弾することでその人の社会的地位や活躍の場を奪おうとする「キャンセル・カルチャー」の風潮がある (詳細は以下の二つの記事を参照:〈「世界的知性」スティーブン・ピンカーが、米国「リベラル」から嫌われる理由〉〈一つの「失言」で発言の場を奪われる…「キャンセルカルチャー」の危うい実態〉)。 発言や行動が差別的な意味が含まないように配慮する、場合によってはそうした観点から影響力のある人物の差別的な発言を批判する――こうした「ポリティカル・コレクトネス」を重視する風潮は、アメリカでも日本でも加熱してい
図書館の司書の多くが非正規雇用で最低賃金すれすれで働いていることに対して、雇用年限撤廃などの待遇改善を訴える署名運動が2022年9月に話題になった。 図書館経営の観点からすると、そもそもなぜそのような状態になっているのか。公立図書館の予算はどうやって決まるのか。増額の余地はあるのか。指定管理者制度を通じてTRC(図書館流通センター)が受託した江戸川区立篠崎図書館・江戸川区立篠崎子ども図書館の館長に2013年に29歳で就任して2018年3月まで勤め、今年『事例で学ぶ図書館制度・経営論』(青弓社)を著した都留文科大学非常勤講師の吉井潤氏に訊いた。 公立図書館の予算はどのようにして決まるのか ――そもそも人件費に限らず、公立図書館の予算はどういうプロセスで策定されるのでしょうか。 吉井 公立図書館の予算はそれ単体で決められるものではなく、当然ながら役所の全体との兼ね合いから考えないといけない問題
テレビ朝日系列で放送されているバラエティ番組『アメトーーク!』にてお笑い芸人の麒麟・川島明がオススメしたことをきっかけに大きな注目を集めている『税金で買った本』。講談社の青年マンガ誌「ヤングマガジン」で連載中の、原作ずいの、漫画系山商作による、お仕事ものの図書館マンガだ。 「図書館から借りた本が破れた場合、利用者がセロテープで勝手に修復して返却してはダメ」といった一般人にはあまり知られていない「図書館あるある」を描いた作品だが、図書館サイドからはいったいどう見えているのか。 市役所勤務から図書館業界に入って鹿嶋市と塩尻市にて図書館長を務め、『行政マンとして図書館員が忘れていること』などの著作を持つ内野安彦と、ピッツバーグ大学で図書館・情報学修士号を取得し、公共図書館運営のアドバイザリー業務や大学で司書課程の講師を務め、『ライブラリアンのためのスタイリング入門』を著した広瀬容子に訊いた。 図
かつて革マル派と壮絶な内ゲバを繰り広げ、「暴力革命」を掲げてゲリラ活動を行ってきた新左翼党派・中核派。そのトップ・清水丈夫氏(84歳)が、前進社(中核派本部)で田原総一朗の取材に応じた。この年齢になった革命家は、いまの日本社会と戦後の左翼運動をどう総括するのか。 中核派議長 清水 丈夫 1937年、神奈川県生まれ。高校生時代に革命運動を志し、東京大学在学中に日本共産党に入党。58年に離党し、共産主義者同盟に参加。59-60年、全学連書記長として安保闘争を指導する。61年、革共同(革命的共産主義者同盟全国委員会=通称・中核派)に参加。97年、中核派議長に就任。69年4月より非公然活動に入る。2020年9月、実に51年ぶりに公然集会に姿を見せて人々を驚かせた。著書『清水丈夫選集』(全10巻予定)など。 51年ぶりに地下潜伏活動をやめた理由 田原 60年安保闘争の当時、僕は岩波映画の社員でしたが
「やたらと“エビデンス”を求める人」と「陰謀論にハマる人」、その意外な共通点 じつは両者は似ているのかもしれない… 「それってエビデンスあるんですか?」 世の中には、それを言われると言葉に詰まってしまう「脅し文句」がある。「誰に向かってものを言っているんだ」とか「……ですが、何か問題でも?」といった言い回しはその典型だ。最近そこに加わったように見えるのが、「それってエビデンスあるんですか?」である。 誰かがこう問い詰められているのを見ると、見ているこちら側まで少しドキッとしてしまう。もちろん、何らかのデータを持っていれば良いのだが、24時間365日あらゆる発言をデータに基づいて行うわけではない。だから、隙あらばこのフレーズを使うことができる。そういう事情もあってか、「個人的な意見ですが……」とか「あくまで印象ですが……」とあらかじめ断ってから話し始める光景も珍しくない。 言うまでもなく、「
奇妙なフェミニズムの潮流 私は長いことフェミニストをやっている。フェミニストであることを後悔したことは一度もない。そして、歴史上フェミニズムが経験した失敗とか、今だと素っ頓狂に思える今は廃れた理論などについて学ぶのが昔から好きだ。 そんなのはおかしいと思うあなたは、視野が狭すぎる。先達がどういうところで失敗したのかについて学ぶのは、今後の戦略を考える上で重要なことだし、内省のきっかけにもなる。 私はふだん演劇史を研究しているが、少しでも歴史にかかわることを研究したことがある人なら、過去に向き合うことの重要性を知っているだろう。「都合の悪いことには目を向けない」という否認主義的な歴史修正主義は人を幼稚にする。フェミニズムについても同じだ。 一方で、私は自分があまり歴史家らしくないと思うこともある。というのも、私は科学史学会というところに所属しているのだが、科学思想の歴史を研究している人たちと
今後の未来像は 予防接種という行為は、接種者自身はもちろんのこと、それ以外の方の感染機会を減らすことに繋がる。そのため、そのような間接的な防御が人口内で積み重なり、流行自体を防ぐ効果が得られたものを集団免疫効果と呼ぶ。そして、流行排除のための閾値について、従来株の場合、予防接種率が60%超程度ではないかと過去の記事で私も言及してきた。 実際に、イスラエルではロックダウン下で2回目接種が完了した者の割合が40%を超えたところで新規感染者数が減少傾向に転じたことから、国内外含めて予防接種に大きな期待が広がったのである。 残念ながら、上記の見通しは楽観的すぎた。それはどうしてなのか。加えて、現時点までの科学的な知見から今後の未来像をどのように見込んでいるのか。簡単ではあるが、本稿で皆さんと共有したい。 いずれの要素も集団免疫閾値に直接的に影響を与える。特に、前回の記事でお伝えした通り、(1)に関
1冊の同人誌に度肝を抜かれた ――暗黒通信団は1993年に始まって、1996年からコミックマーケットでユニークな同人誌を販売していると聞いています。まずは、お二人が暗黒通信団に入団したきっかけを教えてください。 シ:私自身は、設立後かなり初期からいると思います。コミックマーケットに初参加して本を販売したころには、既にメンバーでした。入団のきっかけは…もはや忘れました(笑)。一生懸命思い出そうとしましたが、そこまで古い記録はないし、流石に90年代のメールのやり取りも残ってないですしね。当時はまだGoogleもないし。 嵐田:私の場合は、7、8年前に参加したサイエンスアゴラがきっかけでした。 シ:これは文部科学省の所管の科学技術振興機構がやっている「科学の祭典」みたいなもので、かつては暗黒通信団も参加していました。サイエンスアゴラは科学好き同士の交流が趣旨ですが、当然我々にとって交流とは「新し
カンヌで注目を浴びた『竜とそばかすの姫』 7月16日に全国416館で公開した細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』が、公開10日間で動員数169万人、興行収入24億円を超える大ヒットスタートを切った。最終的に細田守作品で過去最大ヒットの『バケモノの子』(2015)の58.5億円超えも視野にいれる好調ぶりだ。 古くから知られた『美女と野獣』に触発され、インターネットの仮想空間を舞台にした華やかな映像と音楽、そこに今日的な社会テーマを絡めた本作は、批評家だけでなく、ファンからも支持される。 作品の高い評価は日本だけでなく、早くも海外に届いている。7月6日から17日までフランスで開催された映画界の最高峰、カンヌ国際映画祭のプレミア部門の公式上映で大きな注目を浴びた。公式出品発表は映画祭開幕直前の7月4日、国内の完成報告会見が7月7日だったことから、映画完成のタイミングと合わせたスピード対応となる
上場企業の「早期・希望退職」募集が急増している。コロナ禍以前からの産業構造転換に対応するための動きに加え、コロナ禍で経営難に陥る企業でのリストラも加わったためだ。スキルが陳腐化しつつあるとみなされる50代サラリーマンがターゲットとなる場合が多いが、かたや人生100年時代でリタイアするには早いため、当事者の心情は穏やかではない。 大企業に勤める人ほど、経済面の不安から会社にしがみつこうとする傾向が強いが、上乗せされる早期退職金を糧に第二の人生に踏み出す人も増えつつある。ただし、ベストセラー『50歳からの逆転キャリア戦略』『50歳からの幸せな独立戦略』(共にPHP研究所)の著者であり、「50代からの働き方研修」なども提供する、人材育成支援企業(株)FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏は、経済面のみを考えての早期退職は危険だと警鐘を鳴らす。 ハイペースの「早期・希望」退職募集 これまで会社一
コロナ禍ですっかり私たちの日常に定着したUberEats。それは、外出せずとも食事を調達できるという便利さをもたらしました。一方で、コロナ禍で職業を失った人たちの経済を救ったという一面もあります。特に非正規の雇用で働いていた人たち、飲食店で働いていた人たちにとって、雇用の一時的な受け皿になったことは間違いありません。 誰もいない新宿の街をUberEatsの箱を担いで黙々と走り抜ける配達員。対面禁止の中、ようやくたどり着いた先で差し出されるのは「手」だけ。預金が数百円になる中、雨が降っても、タイヤがパンクしても、アプリが鳴れば自転車を漕ぎ続ける――。 山梨で働きながら映画製作をしていたところ、コロナ禍で職を失い、2020年3月に上京してUberEats配達員となった映画監督の青柳拓さん。ホテルや友人の家を転々としながら東京を自転車で走り抜け、奮闘した3カ月間を映画に記録した『東京自転車節』が
不思議な魅力に満ちている 『青天を衝け』の描く幕末は、なかなか痛快である。 大河ドラマ幕末ものとしては非常にめずらしい。 見ていてなんだかうきうきしてくるのだ。 『青天を衝け』はそういう不思議な魅力に満ちた大河ドラマである。 特に、主人公の渋沢栄一が一橋慶喜の家臣となってからが見ていて楽しい。 一橋慶喜はやがて征夷大将軍となり、「歴史的な敗者」となることはわかっているのだが、そのことを知って見ていても、何だか楽しいのである。 痛快だったのは、たとえば、14話。 一橋慶喜が「参預会議」のメンバーを率いて公卿の中川宮を訪れ、その面前で彼らを「大愚物!」と言い切るシーンである。 「参預会議」は便宜的ながら当時の京都政局の最高決定機関であった。そこには徳川家からだけではなく、外様大名(島津久光、伊達宗城、山内容堂)も加わっている。なかでも薩摩の島津久光は裏で工作を重ねて「京都政局」の中心に居座ろう
きちんと読んでくれない 「国会では前日までに野党から質問内容が伝えられるので、官邸のスタッフがそれを総理に説明し、『御意向』を汲んで答弁書を作ります。でも、その答弁書がまともに読まれた例がないんです」 こう嘆くのは、官邸関係者の一人だ。 このところ国会では、菅義偉総理の「迷」答弁が話題になっている。 「コロナ禍で五輪開催の場合、選手と一般国民のどちらの命が優先されるのか」という趣旨の質問をされた際には、「海外の選手の動線分離を徹底して……」などとズレた答弁を何度も繰り返し、「壊れたレコード」と揶揄された。 この総理の答弁に、身内の官僚たちもほとほと手を焼いているという。
磯部真美子さん(仮名・46歳)は、1年前に家を出て、2ヵ月前に離婚届を提出した。12歳の娘は、元夫と暮らしている。 「心身ともに限界が来てしまって、家を飛び出るようにして別居しました。娘も連れて行きたかったけど、『学校を転校したくない』『おじいちゃんもおばあちゃんもいとこも一緒に住んでいる、この家にいたい』と言われてしまい……」 娘は私立の中高一貫校に幼稚園から通っていて、その環境を変えるわけにはいかないと真美子さん自身も考えていた。近くに住んで、娘の子育てにできるだけ関わることを心に誓い、真美子さんはまず、自分を立て直そうと思った。 「最愛の娘と離れてまで、元夫と別れたかったのは、離婚で親権を決めるとき、同居が有利であると知らなかったからなんです」 「完璧な家庭」とはどういう家庭だろうか。共働きだろうがなんだろうが常に家はピカピカ、子どもは宿題もきちんと忘れない優等生で、家族揃って学校や
英国株への置き換わりが進む日本 2021年5月1日現在、流行が上昇傾向にあるほとんどの地で、感染性や重症化率が高いと言われるイギリス由来の「英国株」が「従来株」を置き換えて拡大しつつあります。 大阪・兵庫では、酸素投与をしたい患者さんがいるのに家で待機を余儀なくされていることも多く、相当に良くない状況です。大阪を支援している行政の友人は「これまでの流行が、まるで単なる練習試合だったのか」と話していました。誤解を恐れず言うと、それほどまでに思わせてしまう状況なのです。 そして、大阪と兵庫で連日亡くなる方が出ているのは、対策が遅れたことだけでなく、対応する現行の医療システムにも原因の一端があるかと思います。いまこそ、従来株によるこれまでの流行と、英国株に置き換わりつつあるこの「第4波」とでは何が変わったのかを科学的に整理して理解することが必要です。
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