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ブックマーク / mandanatsusin.cocolog-nifty.com (4)

  • オールタイムベスト『この世界の片隅に』 - 漫棚通信ブログ版

    いやすごいものを読みました。 『夕凪の街 桜の国』(2004年双葉社)でヒロシマを描いたこうの史代。彼女が再度戦争にいどんだ作品が、ついに完結しました。 ●こうの史代『この世界の片隅に』上中下巻(2008年~2009年双葉社、各648円、amazon、bk1) 上巻・中巻で描かれるのは、昭和19年に広島から呉に18歳で嫁いできた主人公、すずの日常です。 絵を描くのが大好き、あわて者だけど明るくくじけない彼女の生活が、戦時下でありながらユーモアを忘れずにたんたんと描写されます。 しかしわたしたちは知っています。呉は軍港の街。昭和20年には空襲で壊滅的打撃をうけることを。そしてその八月にはヒロシマに原爆が落とされることを。 下巻で描かれるであろう空襲と原爆のときに向けて、上巻・中巻はゆっくりと時間を進めてゆく。 ですから、今回発売された下巻のカバーイラストを見て、まずはほっとするのです。ショー

    オールタイムベスト『この世界の片隅に』 - 漫棚通信ブログ版
  • これは盗作とちゃうんかいっ・解脱篇 - 漫棚通信ブログ版

    唐沢俊一氏による『新・UFO入門』ブログ記事盗用事件を発見してから二か月、悩ましい日々が続いてきました。 胃が痛い、頭痛がする、原因もなしに動悸がする冷や汗が出る、朝早く目が覚める、顔や体にフキデモノが出る、欲は減る。そのわりに体重は減らないんだよねえ。 いつかはこの体調不良を打破しなければならないとは思っていたのですが、交渉も決裂しちゃったし、今後もずっと唐沢俊一氏と幻冬舎はわたしを悩ませ続けるでしょうし。 どうしたものだろうと考えておりましたところ、ふと思い出したのが、川崎のぼる/梶原一騎『巨人の星』のあの言葉。 飛雄馬が速球投手としての将来に絶望し、鎌倉の寺で座禅を組んでいたときの僧侶の講話です。 打たれまい 打たれまいと こりかたまった 姿勢ほど もろいものはない 打たれてけっこう いや もう一歩 進んで 打ってもらおう この心境を得たとき、悩み苦しむ人生の森の迷路で、道が開ける

    これは盗作とちゃうんかいっ・解脱篇 - 漫棚通信ブログ版
  • これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇 - 漫棚通信ブログ版

    この文章は以下の記事の続きです。 ●これは盗作とちゃうんかいっ ●続・これは盗作とちゃうんかいっ ●新・これは盗作とちゃうんかいっ ●これは盗作とちゃうんかいっ・途中経過 ●これは盗作とちゃうんかいっ・途中経過2 ●これは盗作とちゃうんかいっ・だらだら篇 ●これは盗作とちゃうんかいっ・無断引用篇 ●これは盗作とちゃうんかいっ・これは困った篇 お騒がせしております。 『新・UFO入門』ブログ記事盗用事件に関する、わたしと唐沢俊一氏および幻冬舎との交渉は、決裂いたしました。 もう少しで合意できそうな気もしていたのですが、甘かった。最後の最後になって、唐沢俊一氏と幻冬舎は、これまで互いに同意できていた重要項目をチャラにする要求をしてきました。 ◆ わたしの最初の意図とは違いましたが、二か月にわたる交渉の結果、ほぼ同意できていた主要な部分は以下のとおりです。 (1)『新・UFO入門』の幻冬舎社内在

    これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇 - 漫棚通信ブログ版
  • どん底のころの手塚治虫 - 漫棚通信ブログ版

    手塚治虫のエッセイ、「どん底の季節」(講談社全集版手塚治虫エッセイ集6巻所収、書かれたのは1986年)は、虫プロ倒産のころを回想した文章です。 これによると、1972年8月の虫プロ商事労組との団交で手塚はへろへろ。争議のきっかけは外部から勧誘した幹部とスタッフとの対立だったとしてあります。 実のところ当時、新左翼といわれている活動家が意気軒昂だった時代で、わが社の労組も、これらの活動家のある派と結びついていたのだった。それだけに強硬でかたくななのだった。 これが先日までぼくと和気あいあいとマンガについて語り合ってきた仲間だったのか、この変わりようはなんとも悲しい。いまは資家と労働者の関係なのだ。 争議終了後、社員のほとんどが嫌気がさして退社してしまうという結末だったと。手塚の文章はちょっと眉に唾つけて読む必要がありますが、当時の虫プロの経営状態についてはともかく、団交にはよっぽどまいった

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