タグ

jkondoに関するsigのブックマーク (23)

  • 生きている実感を増やすために その2 - jkondoの日記

    「家」って、生活の中でかなり長い時間を過ごしています。寝ている時間が7時間だとして、その前後、僕だったら19時くらいには家に帰ってきて、ごはんをべて、23時くらいに寝ると4時間くらい。朝は7時くらいに起きて、9時くらいに出勤するとして2時間くらい。 そうすると、平日で合計13時間。これが休日だともう少し長くなるし、最近はコロナで在宅も増えているので、一日中家にいる、という人も多いかも知れません。 そうすると、短くても生活の半分以上、長い時はもっと「家」にいるわけです。 この「家」は、もっと面白くできるんじゃないのかな、と思い始めたのが、「物件ファン」を始めたきっかけです。 インターネットは人生を豊かにしたか インターネットの仕事をしていたのに、急に不動産仕事を始めるなんて、どうしたんですか?と、たまに聞かれるんですが、自分の中ではそれほど変わったとは思っていないんです。 ちょっと大きな

    生きている実感を増やすために その2 - jkondoの日記
  • 生きている実感を増やすために - jkondoの日記

    久しぶりです。いつの間にか結構間が開いてしまいましたが、この3年半近くONDで事業をやっているうちに、少しずつ形ができてきました。同時に3つくらい事業をやっていて、それぞれが結構ばらばらのことをやっているようにも見える。でも自分の中では、テーマがあると思っている。今日はそのことを書こうと思います。 ONDの事業 もともと「物件ファン」という不動産メディアをはてなから引き継ぐところからOND社は始まりました。その後トレイルランナー(要するに山を走る人です)向けのサービス「IBUKI」を始め、さらに京都市内で「UNKNOWN KYOTO」という宿とコワーキングとレストランの複合施設の運営をしています。 不動産メディアとトレランと施設運営。確かに脈絡もなく、ただ思いついたことをやっているような印象を受けますが、自分の中ではなにかしら、「これからはこっちの方向が面白いだろう」という気持ちがあるわけ

    生きている実感を増やすために - jkondoの日記
  • http://twitter.com/naoya_ito/status/485745150069444608

  • 夢中になれる仕事が見つかった、それだけですごく幸せなのです | 株式会社はてな 代表取締役社長 近藤淳也さん | 就職ジャーナル

    1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、01年7月に「人力検索はてな」を開始し、京都で有限会社はてなを設立。03年「はてなダイアリー」サービス開始、04年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に社、東京に店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。 制服への違和感を通して、世の中に疑問を持つようになった 僕は小学生から高校生になるまでに、徐々に道をはずれていったような気がします。小学校はとても恵まれていました。田舎の小さな学校で、みんな音で話していた。先生ともタメ口で話すようなフラットな環境です。今思うとすごいことですね。そこから中学校にあがると、状況が変わって驚きました。 詰め襟の制服が嫌だったので、校則を変えてなくせばいいと思い生徒会長になりました。納得できないことは、抵抗するよりは既存のルールの中で変えようとしたのです。でも、1年間頑張っ

    夢中になれる仕事が見つかった、それだけですごく幸せなのです | 株式会社はてな 代表取締役社長 近藤淳也さん | 就職ジャーナル
  • 短足のスーパーマン - jkondoの日記

    僕の実家は田んぼがどこまでも広がる田舎だったので、犬と言えば軒先でわんわんと吠えまくり、知らない人を見れば追いかける生きものでした。おかげで僕は犬が怖くて、いつもびくびくしていました。父親もそうだったと思います。 のれいこさんと交際をするようになって、まず最初の難関が彼女の飼い犬でした。家に上がると部屋の中に犬がいて、こっちに寄ってきます。い、犬だ…と思いながら、恐々と足を舐められていました。 はじめて二人で部屋から出かけた夜、部屋に帰ってみると、部屋中に引きちぎられたスリッパが散乱していました。れいこさんを、僕が奪っていったと思ったのでしょう。後にも先にも、しなもんがそんなことをしたのは一回きりでした。 しなもんの愛くるしさのおかげで、僕の犬嫌いはすぐに直り、一緒に散歩をするようになりました。僕はどうしてもうんちを拾うのが苦手で、そちらはもっぱられいこさんの担当ということになって、そこ

    短足のスーパーマン - jkondoの日記
  • dfltweb1.onamae.com – このドメインはお名前.comで取得されています。

    このドメインは、お名前.comで取得されています。 お名前.comのトップページへ Copyright © 2018 GMO Internet, Inc. All Rights Reserved.

  • 【ゲスト寄稿】近藤淳也氏から学ぶ、はてな流「ビジネスアイディアを考える」ための3つのポイント | Startup Dating [スタートアップ・デイティング]

    この記事をゲスト寄稿してくれたのは、オルタナブログなどで執筆中のブロガーの金城辰一郎さん。世界を変えるためのWEBサービスを開発しつつ、ソーシャルマーケティングを得意領域とする。テクノロジーの未来を語るのが大好き。現在はスタートアップを起ち上げるための準備中。CONECT&CHANGE、ソーシャルメディアのハンパない状況など。 先日の土曜日にインキュベイトファンドの木下氏とソーシャルギフトサービス「ミナオメ」を運営するMUGENUP代表の一岡氏などの有志メンバーによる主催のStartup Workshopというイベントに参加してきました。 第一回目となる今回は、日のインターネット企業を代表するはてなの代表取締役近藤淳也氏、はてなブックマークディレクターの長山氏を講師として迎え、はてな流のビジネスアイデアの考えかたをベースとした実践的なワークショップを実施しました。参加者は約70名で、応募

  • 2012年に向けて - jkondoの日記

    2012年が始まりました。明けましておめでとうございます。 新しい年を迎えるに当たって、2011年を振り返り、そして、2012年に向けてやっていきたいことをまとめておきたいと思います。 2011年は自分の人生の転機であり、はてなの転機になりました 25歳ではてなを創業してからちょうど10年目にあたる2011年は、僕自身にとって、そしてはてなという会社にとって大きな転機になりました。 僕自身にとって一番大きかったのは、人との関係を見直す事になったことです。人生最大の転機とも言えるような年になりました。そして会社にとっては、これからの成長に向けて準備が整う年になりました。 絶望の淵から 2010年の暮れ、はてな社内は今から思うとかなり危機的な状況にありました。新サービスのローンチに失敗し、がっかりする気持ちが社内に蔓延していました。経営と現場、そして取締役会との間に意識のギャップがあり、お互い

    2012年に向けて - jkondoの日記
  • the Entrepreneur(アントレプレナー)

    the Entrepreneur(アントレプレナー)
    sig
    sig 2011/12/20
  • まさに起業のプロセスを体験できるStartup Weekendの優れたフォーマット - jkondoの日記

    Startup Weekend Kyotoに参加しました。8月に続いて2回目です。 週末3日間で新しいスタートアップを生みだそう!という西海岸的なノリのイベントなのですが、1回目に審査員として参加してみて不思議だったのが、「何も知らない人たちが集まって、どうやってチームを作り、こんな良質なアイデアを形にすることができたんだろうか」という事でした。 金曜日の夕方にお互い見ず知らずの人たちが集まってアイデアを出し合い、チームを作って、3日目の日曜日の夕方にプレゼンをする、という流れなんですが、そんなことを日で普通にやっても、アイデア出しもさることながら、チームを作ることすら難しいんじゃないか、と感じます。その秘密が知りたくて、今回は初日のアイデアピッチとチームビルディングにも参加しました。 参加してみてその謎が解けました。アイデアが選別され、チームが形成されるための非常に良くできたフォーマッ

    まさに起業のプロセスを体験できるStartup Weekendの優れたフォーマット - jkondoの日記
  • はてなの社長だけど何か質問ある? | ○○だけど何か質問ある?beta

  • 「目指すのはコミュニケーションを促進するサービス」 はてな・近藤淳也社長に聞くウェブの未来

    ウェブの未来を担う可能性のあるサービスや端末を発掘・共有・応援しようというコンセプトのイベント「WISH2011」が先月開催され、閑歳孝子氏のソーシャル家計簿サービス「Zaim」が「WISH大賞」に選ばれた(http://agilemedia.jp/wish2011/)。その一方で、ほぼすべての候補作がTwitterやFacebookなどアメリカ発のソーシャルネットワークでの利用を前提としており、世界中で使われるようなビッグビジネスにつながったり、ウェブに興味のない一般人でも分かるような大きなスケールのサービスは現れなかった。 今回、オープニングトークに登場し、審査員の一人でもあったはてなの近藤淳也社長に、そんな状況をどう見ているのか、また、「はてな」は今後どのような戦略でウェブの世界に立ち向かおうとしているのか。会場でお話をうかがった。 ――あらためて、「WISH」に選出されたサービスを

    「目指すのはコミュニケーションを促進するサービス」 はてな・近藤淳也社長に聞くウェブの未来
  • vol.7 近藤 淳也(株式会社はてな 代表取締役社長) |「みんなの仕事場」ロングインタビュー 経営者のオフィス戦略 - みんなの仕事場

    vol.7 2009年8月28日 1975年、愛知県に生まれ三重県にて育つ。2001年に令子夫人と有限会社はてなを設立。学生時代にレース活動、アメリカ横断旅行を行うなど自転車愛好者としても知られ、ツール・ド・信州主宰者でもある。株式会社はてな代表取締役社長。 「インターネットで人々の生活を豊かに楽しくしたい」 2001年の創業以来、Q&Aサービス「人力検索はてな」をはじめ更新チェックサービス「はてなアンテナ」、ブログサービス「はてなダイアリー」、ソーシャルブックマークサービス「はてなブックマーク」など、それまでにないユニークなサービスを世に送り出してきた株式会社はてな。2008年4月に開発拠点を創業の地である京都に集約させ、世界に通用するネットサービスのあらたな発信の場としました。2009年5月には各サービスにおける総ユーザー数が100万人を突破しさらなる発展を遂げるはてな京都

  • はてな流の「モノ作り」とは? 近藤社長語る

    「国内で1000万人のユーザーが使ってくれるサービスを京都から発信したい」 Hatena.inc設立のために渡米していた(株)はてな社長、近藤淳也氏が帰国してから即、着手したのは、はてな社を東京から京都に移転する大胆な計画だった。 東京には営業、インフラ、サポート、事務部門のスタッフ約10名を残し、サービスの要となる開発陣はすべて京都へ配置。京都への移転は、これまで以上にユーザーの生活にそったサービスを提供する決意を固めた意味合いが大きい。 「1000万人規模のサービス提供」へ、格始動 2006年8月、近藤淳也氏はHatena.inc設立のために渡米した。現地のエンジニアを雇ってウェブサービスを開発し、米国市場にはてなのサービスを普及させるためだ。 米国での活動により、各方面の人脈を着々と築いてきた。例えば2007年3月には、グーグルのシニアビジネスプロダクトマネージャーで、日法人の

    はてな流の「モノ作り」とは? 近藤社長語る
  • 1000万ユーザー規模のサービスを京都から--はてな近藤氏が目指すもの:インタビュー - CNET Japan

    2008年4月、はてな社を京都に移転した。インターネットサービス開発のための人員を結集し、京都社をものづくりの拠点とする計画だ。これまでHatena Inc.立ち上げのために米国で活動してきた代表取締役の近藤淳也氏も活動拠点を京都に移し、サービス開発に集中している。 今回の移転の背景には、海外で事業を立ち上げること、海をまたいだ複数拠点で会社組織を動かすことの難しさがあったというが、近藤氏は前向きだ。もともと10年ほど住んでいたという京都は、「新しいというよりも懐かしいという感じで、環境的にはやっぱり良い」と語る。 新生はてなは今後、京都からどのような価値を生み出していくのだろうか。近藤氏に聞いた。 新しい仕組みは、おかしなことを考え続けないと出てこない --京都という環境は、開発にいい影響を与えていますか。 うん。影響していますよ。集中できるという意味ではすごいできますし、こうして

    1000万ユーザー規模のサービスを京都から--はてな近藤氏が目指すもの:インタビュー - CNET Japan
  • 京都で一緒に働きませんか - jkondoの日記

    はてなの京都オフィスの内装計画もいよいよ大詰めでプランがほぼ固まってきた。4月中旬には内装工事も終わってオフィスが正式オープンできることになった。社移転発表後はたくさんの採用応募が来ており毎日書類選考に追われている状態だが、改めて今回のはてなの京都への社移転に伴って、特にサービス開発周辺でこういう人を募集していますということを紹介したい。 サービスクリエイター、ウェブディレクター まずはサービスクリエイターおよびウェブディレクター。京都新社の最大のミッションは、既存のはてなサービスを盛り上げながら、次なるヒットサービスを作ることだ。そのまとめ役をするのがクリエイター・ディレクターである。 今のところ両者の違いは、クリエイターは自分でプログラムも書いてプロトタイプや製品まで作ってしまう力がある人で、ディレクターはプログラムは書かないがデザインなどはでき、クリエイターとエンジニアの橋渡し

    京都で一緒に働きませんか - jkondoの日記
  • 京都 - jkondoの日記

    この春にはてな社を京都に移転するという発表を行った。今回の渡米は一週間で家の引越しを行い、日に戻るために来ている。reikon、しなもんも共に週末には日に戻る予定だ。京都オフィスの格稼動は4月からだが、僕は3月には京都に入って新社立ち上げの作業に関わる。京都オフィスは烏丸御池に構えることが決まっている。 アメリカに来た際、少なくとも3年くらいはここに居て、地元の人も雇って開発を行っていきたいと考えていた。だから、こちらでやりたかった事でまだ達成できていない事はたくさんある。実際にアメリカに来てみて、新しい国での事業と、日の事業を同時に執り行うことの難しさを実感する中で、今後の方針について随分考えた。自分の事だけではなく、社員の生活や、実現可能性などいろいろな問題について考えたが、最終的には日に戻り、京都へ行くという判断をした。 アメリカでやろうとしていたことが、日からはで

    京都 - jkondoの日記
  • 近藤淳也さん=10年を迎えたツール・ド・信州を主催―ひと:MSN毎日インタラクティブ

    sig
    sig 2007/08/27
  • 自分はもうこれ以上は仕事できない、というところから5回くらいは壁を越えられる気がする - jkondoの日記

    仕事をしていて、「ああ、今の自分は仕事をしすぎだ、もうこれ以上仕事をしたら体が壊れる」とか思うことって結構あると思うんですけど、実際はそう思ってから少なくとも5回くらいは壁を越えられる気がします。限界っていうのは、ある程度は認知の問題で、自分の中で「この辺までだろう」と勝手に限界を作っている部分もあるなあという事を経験上思うのです。自分の中で、「よくあれくらいのやり方で限界だとか思っていたなあ」と過去の自分に対して思うことも多く、その反省を含めて思うのです。 別に仕事に限らず、いろんな事を集中的にやる場合に、何年間もかけて体と精神を鍛錬していって、集中できる量を増やしていく、っていうことが人間はできますよね。 例えば自転車でも、ちょっと軽く自転車に乗り始めた頃というのは峠一つ上るだけで精一杯で、まさか自分が標高差1000mもあるような峠に上れるとか、一流のレースで活躍できるなんていうのは到

    自分はもうこれ以上は仕事できない、というところから5回くらいは壁を越えられる気がする - jkondoの日記
  • 自己採点は60点? Hatena Inc.が過ごしたシリコンバレーでの1年間

    はてなが米国シリコンバレーに100%子会社、Hatena Inc.を設立してから約1年。先日、ついにHatena Inc.発の新サービス「はてなスター」と「はてなメッセージ」がリリースされた。 さらに8月にも新サービス「はてなワールド」の公開を控えている。 シリコンバレーでの試行錯誤が形になりつつあるなか、はてなの代表取締役であり、Hatena Inc.代表の近藤淳也氏に、この1年間に起きた変化、海外での活動状況、そしてこれからの1年間の展望を聞いた。 --改めてお聞きしたいのですが、そもそもアメリカHatena Inc.を設立した目的は何だったのですか。 最初は3つくらいあったのかな。えーっと何でしたっけ(笑)。順番があった気がするんですけど。グローバルなサービスを作って展開することと、現地のエンジニアとかシリコンバレーの人的な関係構築みたいなこと。あと既存のビジネスパートナーとしても

    自己採点は60点? Hatena Inc.が過ごしたシリコンバレーでの1年間