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いい言葉に関するsincere_archerのブックマーク (51)

  • 広告β

    ちょっと前にネットで「ブランディング」という言葉を目にしていて、違和感を感じることがあった。ネットメディアの人が言う「ブランディング」と、オールド広告人(=自分)が考える「ブランディング」に、隔たりがある。これは何だろうと思っていたが、大ざっぱに言うと、ネットメディアにおけるブランディングは「量」を指しており、オールド広告人の言うブランディングは「質」のことを指している。わりとそこら辺ですれ違っているようだ。 ネット広告というのは個人の具体的な購買にいかに張り付くかというところで既存メディアと差別化しているので、基的にはディープなターゲティングと、購買になるべく近いところでの広告差し込みがポイントになってくる。これは購買を基準にした効率で効果を定義していることによるわけで、それがこのメディアの可能性でもあるし限界にもなったりしている。そうするとネットメディアの人々にとっては、とかく露出

  • パパ活アプリ・サイトおすすめ一覧比較ランキング!2024でP活女子に人気のベスト5

    2024年8月9日 更新 パパ活アプリ・サイトおすすめ一覧比較!P活女子に総合人気のベスト5 PR:このコンテンツには広告を含む場合があります パパ活で稼いでみたいと思うP活女性の方へ。そしてちょっと経済的な余裕はあるけれどいい出会いに巡り合えない男性の方へ! 当サイトでは厳選したパパ活アプリの情報を徹底比較調査し、ベストなものをランキング分けしました。 まずは男女ともトラブルがないように安全第一でセキュリティーと運営会社がしっかりしているパパ活アプリを選びましょう。 ランキングの基準としては以下の観点を採用しています。 これらを振り分け決定しています。 パパ活専用アプリの流れは非常にシンプル。使う利用者が限られているからです。 自動マッチ⇒メッセージ交換⇒顔合わせで話がすすみます。 正直そんなに面倒な交渉とかいらないです。 初回の流れも非常にシンプル。お互いに日程を決めて当日会って話をす

  • ほぼ日刊イトイ新聞 - マイクロソフトの 古川会長がやってきた。

  • こびとさんをたいせつに - 内田樹の研究室

    金曜日はゼミが一つと会議が三つと杖道の稽古。 1年生の基礎ゼミの第一回目。 この何年か、1年生のゼミが面白い。 大学のゼミってどういうものだろう。なんだか知らないけれど、いつこうという「前のめり感」があって、こちらもそういうのには弱いので、つられて前のめりになってしまう。 最初は「ゼミとは何か」ということについてお話しする。 でも、実は私にも「ゼミとは何か」ということがよくわかっているわけではない。 だから、毎年言うことが変わる。 今回はふと口を衝いて「ゼミの目的は自分の知性に対して敬意をもつ仕方を学ぶことです」と申し上げてしまう。 言ってみてから、そういえばそうだなと思う。 ポランニーの「暗黙知」(Tacit Knowing) も、カントの「先験的統覚」も、フッサールの「超越論的直観」も要するに、「私は自分の知らないことを知っている」という事態を説明するためにつくられた言葉である。 古

  • 最終回  自分の足でたどりつける目標のつくりかた:日経ビジネスオンライン

    仕事では、目標設定が求められる。 日々の仕事から、半期や1年の目標、 そして中長期の目標まで。 半年、黙々と仕事をしてきた新人も、 会社から出される方針に沿って、 自分で、担当する仕事の目標を立てたり、提出したり、 が求められる時期だ。でも、 仕事の目標って、どう立てればいいのだろう? 職種によっては、 来年度の企画を立てているところもあるだろう。 暮れのボーナスの査定や、来年度の昇給に向けて、 評価や面接があるところもあるだろう。 いずれにしても、それらのシーンでは、 「目標」が問われる。 いや、求められない環境にいたとしても、 どうだろう、新人諸君、そろそろ、 来年の目標を立ててみないか? 何しろ、この半年は、右も左もわからず、 会社という船の目的地をつかみ、 自分の目標でなく、会社という船のゴールに向かって進み、 理想の上司でなく、目の前の上司を支え、 日々かざされる仕事を覚え、こな

    最終回  自分の足でたどりつける目標のつくりかた:日経ビジネスオンライン
  • ある大学でこんな授業があったという。  : ひろゆき@オープンSNS

    【教えてくん】コミュニティーなのです。 なんかニュースとかあったらここに書こうかと思ってますよ。とりあえず、おいらのブログ ある大学でこんな授業があったという。 わりと、好きなコピペ。 ************* ある大学でこんな授業があったという。 「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。 その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。 「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。 「当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。 そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。 そしてもう一度聞いた。 「この壺は満杯か?」学生は答えられない。 一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。 教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出

  • ご飯を作り、お掃除をすることの英雄性 - 内田樹の研究室

    午から取材。BPという雑誌の村上春樹特集。 村上作品はどうして世界的なポピュラリティを獲得したのか、という問いに対して、「ご飯とお掃除」について書かれているからであろうとお答えする。 世界中、言語や信教や生活習慣がどれほど違っていても、人々は「ご飯を作り、掃除をする」ということにおいて変わらない。 いずれも人間にとって質的な営みである。 「ご飯を作る」というのは、原理的には「ありもの」を使って、そこから最大限の快楽を引き出すということである。 金にものを言わせて山海の珍味を集め、腕のいいシェフに命じて美を誂えさせるというのは「ご飯を作る」という営みの対極にある。 「ご飯を作る」というのは、人類史始まって以来のデフォルトである「飢餓ベース・困窮ベース」に基づいた営みである。 その基は「ありものを残さず使う」、もっと平たく言えば「えるものは何でもう」である。 村上春樹作品には「ご飯を

  • 「父」からの離脱の方位 - 内田樹の研究室

    『1Q84』は記録的な売れ行きらしい。 今の段階で、発売一週間で96万部。 ミリオンを超えることは確実で、『ノルウェイの森』の450万部という記録を塗り替えるかもしれない。 おそらくメディアはこれから、このの文学作品としての意味より、なぜこれがこれほどの社会的な「事件」を引き起こしたのかの方に多くの紙数を割くようになるだろう。 メディアが『1Q84』を「事件」として扱い、膨大な非文学的言説が行き交うようになる前の短い空白の間に、この作品についてまだ誰の感想も聞いていないイノセントな状態で、自分ひとりの感想を書き付けておきたい。 ムラカミ・ワールドは「コスモロジカルに邪悪なもの」の侵入を「センチネル」(歩哨)の役を任じる主人公たちがチームを組んでい止めるという神話的な話型を持っている。 『羊をめぐる冒険』、『ダンス・ダンス・ダンス』、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』、『アフ

  • Lesson446 さらわれる力 ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

    Lesson446 さらわれる力 ダメな大学生は、どこがダメなのだろうか? 誤解がないように言っておきたいが、 私は、いまの大学生がダメだと言う気なんか さらさらない。 優秀だと思っている。 こちらがへこむくらい、 同じ組織にはいったならリーダーとしてあおぎたいくらい、 すごい大学生にも、数々、会ってきた。 ただ、フリーランスという立場で、 さまざまな大学に呼ばれ、 あまりにさまざまな大学生に触れるものだから、 とにかく、すごくちがうな、と。 大学によってもちがうし、 同じ大学でも学生によって、ひとりひとりちがうから。 なにがちがうんだろう? と。 高校なら暗記学力の得点で、 社会人なら売り上げなどの実績で、 よくもわるくも、ある程度、説明がつく。 でも、大学生で、ダメっていうのは、 なにがダメなんだろう? 頭の中をよぎるのが、大学の先生たちのこんな言葉だ。 「具体例にしか反応できない人」

  • Column | Ken Miki & Associates 三木健デザイン事務所

    良き隣人の法則 僕の頭の中は、いつも散らかしっぱなし。
混沌としているというか、付箋をつけたをただ積み上げたような状態です。図書館のように明解なインデックスで分けられ、探しているものがすぐに取り出せれば、どれだけスムーズに仕事が進むだろうと思ったりしますが、一向に片付きません。それどころかいくつもの課題がひしめき合い、散らばっている情報の中にさらに新しい情報が加わり、気になるものを寄せ集めては、その隙間で日々生活をしているような状態です。
不思議なことにその情報に押しつぶされたり、飽和したりしたことが一度もないのは、どんどんと情報を忘れてしまう僕の記憶力の無さが原因だと思われます。「忘却とは、忘れ去ることなり」。僕は、適度に忘れる能力が新鮮な空気を運んでくると勝手に決めつけていて、積み上げられた情報の中で昼寝をしている感覚が一番居心地の良い過ごし方だと思っています。よって、混沌を夢心地な

  • 握らない一教 - 内田樹の研究室

    死のロードの最終日一日前。 楽しい合気道のお稽古。 なんだかやたらたくさん人が来ていて、40 人近くいる。 このところ、みんな上り調子なのである。 合気道がおもしろくてしょうがないという顔をしている。 たぶん、きっかけの一つは「握らない一教」からである。 正面打ち一教、とくに裏のとき、腕の力を使いがちになる。 これがどうもよくないのだけれど、なかなか修正が効かない。 がばっと相手の肘を握って、引き倒すようなかたちになると、「斬り」にならない。 原理的にいうと、ものを「斬る」ためには刃筋がつねに体の正中線上になければならない。 しかし、徒手の武術しか経験のない人たちに「刃筋」という概念を理解してもらうのはなかなかむずかしい。 ふと思いついて、取りは肘を握らない、手首も握らない、掌を当てるだけの稽古をすることにした。 発想の転換である。 「受けの身体運用」を中心に稽古するのである。 手首、肘に

  • 「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る (1/5) - ITmedia News

    「機動戦士ガンダム」の監督として知られる富野由悠季さんが10月27日、「東京コンテンツマーケット2008」(独立行政法人・中小企業基盤整備機構関東支部主催)のトークセッションに登場し、「プロフェッショナル・クリエイターの条件」というタイトルで自らの“プロ論”を披露した。 「自分流の言葉づかいしかできなくて当に申しわけない」と言いながら、集まったクリエイターに刺激的な言葉を投げかける富野さん。セッションは、コンテンツ関連のコンサルティングを手がけるQPRの清田智社長との対談形式だったが、事実上富野さんの独演会だった。 「コンテンツ」という言葉はおかしい セッションのタイトルは「プロフェッショナル・クリエイターの条件」ですが、これは無理やりつけたタイトル。ここにいる人(コンテンツマーケットの出展者など)はプロクリエイターの条件を満たしてますから。ぼくみたいなロボットアニメの専門家がぐだぐだ言

    「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る (1/5) - ITmedia News
  • http://www.muumuu.com/members/morikawa/1387.htm

  • 長文日記

  • 広告β:エコと広告

    ここしばらく忙しく、テレビをあまり見ていなかったので、久しぶりにまとまった時間をかけて見てみた。いろいろなところで聞いていたが、やはりパチンコの広告がものすごく増えている。それとともにびっくりしたのは、エコネタが段違いに増えていること。これは原油高が大きく影響しているのだと思われるが(パチンコ広告が増える遠因でもあるが)、番組、CM問わず何かと「エコ、エコ」という言葉が出てくるので、世の中変わったなあという気持ちになる。 広告屋的に気になったこととしては、「エコ買い」や「エコ替え」というメッセージングである。「エコ買い」のほうは、スーパーで賞味期限の古いものから買うような、無駄な廃棄を減らす買い方がエコというような意味を持つようだ。「エコ替え」のほうはトヨタのメッセージで、燃費の良いクルマに買い換えようというような意味合いを持つらしい。 もともとエコは広告メッセージとして消化しにくい。

  • 〈ことば〉ノート: 打てば響くか

  • 長文日記

  • 今必要とされている『IT』 : could

    IT (Information Technology) はみなさんにとってどういった意味をもつ言葉でしょうか。効率的に情報を行き来させる技術の総称と説明することが出来ます。「IT革命」という言葉のようにバズワード化してしまった部分もあるので、逆に意味が分からない怪しい領域に見られている可能性もなくはないでしょう。未だに IT 業界と呼ばれるところはどうも別世界に見られているような印象もあります。 技術を見えなくする 技術という言葉があるので確かに技術的なことではありますが、人に使ってもらうものを作るために技術だけで簡潔した例は今までありません。今のケータイ・インターネットの火付け役になった i-mode にせよ、新しいゲームプレーを提案した Wii にせよ、最新の技術を使ったわけでもなければ、ほとんどの方が技術をきちんと理解して利用しているわけではないです。技術中心ではなく、人を注意深く観

    今必要とされている『IT』 : could
  • 4人のデザイナーとの対話 - kamihira_log

  • Voiceについて - 内田樹の研究室

    今日から授業。 最初の日からクリエイティヴ・ライティングの授業がある。 これは2006年度に難波江さんとふたりの「合同演習」というかたちで半期行い、去年は難波江さんがおひとりでされた。今年は私の担当である。 ものを書くというのはどういう営みであるのか、それについて原理的に、かつラディカルに究明しようではないかという意欲的な教科である。 二年前の学生たちは「物書き」志望の人が多かったので、ずいぶん真剣に受講してくれた。 「書くこと」をめぐって難波江さんと毎回長い時間話をした。 授業の準備としてではなく、ふだん私たちが差し向かいで話していることを、そのまま学生たちの前で公開して、その話の中で浮かび上がったトピックでエチュードを書いてもらうという形式が何となくできあがった。 このやり方はたいへん面白かった。 最初は「ヴォイス」というトピックから入った。 これはもう何度も書いていることだけれど、「

    sincere_archer
    sincere_archer 2008/04/10
    どこまで細分化してコントロールできているか