ふと沢崎浩平先生のことを思い出した。 沢崎先生は私が助手をしていたときの東京都立大学の先生で19世紀文学が専門の方である。 授業と授業のあいまの休み時間に研究室の椅子に腰を下ろして、お茶を飲みながら長い時間、私を相手におしゃべりに興じたものである。 そのときにこんな話を聴いた。 沢崎先生が在外研究で一年間フランスに行っていたときの話。 先生が汽車で旅行していたとき、コンパートメントで相席になったフランス人に話しかけられた。 「汝は何国人であるか?」 「日本人である」 「しからば、汝は仏国にいかなる目的で渡航されたのであるか?」 「フランス文学を研究するためである」 というような定型的なやりとりがあり、かのフランス人はさらに質問をスペシフィックなものにして、「汝はどのような仏国人の書物を愛読せるや?」と訊いてきた。 沢崎先生はそのころ集中的にロラン・バルトの著作を訳されていたところだったので