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考え方と人間関係に関するsoleil266564のブックマーク (56)

  • 「人は本来、それぞれが大きく異なった存在である」と気づくことで社会は変わっていく。幅を愉しむWebメディア RANGER

    この年末年始用に福袋を購入した。 仁井田酒造のお酒セット。 仁井田酒造は無農薬の米で醸すお酒だと教えてもらった。 はて、私が福袋というものを買うのはいつ以来だろうか? なんと、30年以上ぶりのことかもしれない。 そうだ!福袋を購入したのは人生で2回目だ。 前回はブランド服の福袋だったと記憶が蘇ってきた。 当時はバブル期の最中で、ブランド服に興味があった自分がなんとも懐かしい。 そんな思いに浸っている時、目が止まったセーター。 これは! 30年前の福袋の中の一枚ではないか! 気にいらない色だから着る回数が少なかったとはいえ、30年前のセーターを未だに着ているとは、さすがの私も自分に引いてしまった。 このよく言えば物持ちの良さ、悪く言えばケチ臭さは、残念ながら変わらない私の性分(個性)のようだ。 今の時代であれば物持ちの良さはサスティナブルだ!などと周りから褒めてもらえるかもしれないのだが、

    「人は本来、それぞれが大きく異なった存在である」と気づくことで社会は変わっていく。幅を愉しむWebメディア RANGER
  • 「相思相愛」から「相思相敬」に座右の銘がアップデートされた話。

    自分の話になってしまい申し訳ないが、私の「座右の銘」についての話である。 つい最近まで私は以下の3つを「座右の銘」としていた。 「人生一生自己紹介」 「照一隅」 「相思相愛」 一般的には、日々の生活において常に自分に戒めとする言葉は一つだけのように思う人が多いのかもしれない。 しかし、個人的には、誰かから聞かれた時に「たとえばひとつだけ答えてください」と指定された場合のみ選べばいいので、いくつ持っておいても良いのではないかと考えている。 以前、宣伝会議のコピーに「言葉を君のエンジンに」というものがあったが、一つのエンジンでよく動く人もいれば、複数あった方がよく動く人もいる。 私の場合は完全に後者だ。 ただ、あればあるほど良い訳でもない。 10個20個あっても宝の持ち腐れになってしまうと思うところから試行錯誤の末に「3つ」という枠を設けている。 ちなみに、この枠の運用についてだが、入れ替わり

    「相思相愛」から「相思相敬」に座右の銘がアップデートされた話。
  • 異物が交わり新たなものが生まれる。これこそが喜びである。~福岡旅より~RANGER

    久々に福岡に旅行することになった。 キッカケは糸島に引っ越した友人にお誘いいただいたことだった。 短い間だったがとにかく楽しい旅だった。 そしてまた、振り返ってみると濃厚で不思議な旅でもあった。 なぜ楽しかったのだろうか? 旅の全日程が晴天だったのだが、そのこと同様に偶然の巡り合わせ、ただのラッキーだったのかもしれない。 でも、それだけだったのだろうか? 自分が引き寄せた面が全くないとは言えないかも、とも思う。 そんな不思議な旅で起きたこと、旅から感じたことをとどめておきたいと思い、PCに向かい始めた。 次回もこのような楽しい旅になる方法が見つけられればいい、などと都合の良いことを考えながら・・・。 次々にお誘いいただく街 博多 博多の人気もつ鍋屋は、平日の夕方18時で既に満席でお一人様でも入店できなかった。 以前とは違い、今は予定など立てやしない。 行き当たりばったりだから、満席もしよう

    異物が交わり新たなものが生まれる。これこそが喜びである。~福岡旅より~RANGER
  • 私が仕事の現場から学んだ「クッション言葉」の二つの必要性についての話。

    前職マーケティング会社に勤務していた頃「クッション言葉を上手く使えば、言いにくいことを言えて、聞きにくいことを聞けて、お願いしたいことをお願いできる」ということを学んだ。 今でもこの学びはかなり役立っている。 クッション言葉というのは例えば下記のようなものだ。 「申し訳ございませんが」 「お手数ですが」 「ご足労おかけしますが」 「恐縮ですが」 「差し支えなければ」 ビジネスの経験が少しでもあれば思い当たるところがあるはずだ。 「ビジネス枕詞」として言われる場合もある。 このような言葉遣いの「必要性」について、先輩や上司から、あるいはビジネス研修の中でしっかりと教わった人もいるかもしれない。 しかし、私に関して言えば、新入社員研修の中で「コミュニケーションのマナーだから」と簡単に教わり、その後、先輩や上司、顧客との人間関係の現場の中からその「必要性」を学んでいった。 私が学んだクッション言

    私が仕事の現場から学んだ「クッション言葉」の二つの必要性についての話。
  • 臆せずに自分が何者かを名乗ることで社会が豊かになっていく・・・はず。RANGER

    コロナ禍でお取り寄せが増えたことも手伝って、私はここ数年でネット通販を多用するようになってきた。 同時にネットのレビューを活用することも普通のことになった。 主に利用するものは、日用品、飲店、映画、書籍。 レビューはヤラセや掲載のONOFFコントロールなどの問題もあると聞くものの、総じて非常に便利なもので、生活は効率的になって恩恵をいただいている。 そんな便利なレビューなのだが、便利になればもっとこうなればという欲が出てきてしまう。 今回はレビューを活用して出てきた欲のことを綴ってみたいと思う。 その先にどういうわけか、タイトルの「自分が何者かを名乗ること」に行きついてしまった。 みんなだいたい同じ!? 昔、映画にハマった時期は年間100以上を見た年もあった。 世の中を知るためにというような怪しい名目で必見リストをつくって、ノルマをこなすように視聴したら取り消し線を入れるなどしていた。

    臆せずに自分が何者かを名乗ることで社会が豊かになっていく・・・はず。RANGER
  • 「相手からオススメされたことを試して、オススメしてくれた相手に試した結果を報告する」は、人間関係を良くする技術。幅を愉しむWebメディア RANGER

    「相手からオススメされたことを試して、オススメしてくれた相手に試した結果を報告する」は、人間関係を良くする技術。 出出しから問いかけになるが、 「自分がオススメした物事を試してくれて、相手からその結果を試してみた結果を報告してもらった」 という経験をしたことはどのくらいあるだろうか? これまでの人生の長さにも拠ると思うが「全くゼロ」という人はおそらく少ない。 私自身のこれまでの観測範囲(30代中盤)で言うと「無茶苦茶多くはないがしばしばある」といった具合だ。 そして、こうした経験を通して「相手からオススメされたことを試して、オススメしてくれた相手に試した結果を報告する」は人間関係を良くする技術、という経験則を獲得してきた。 オススメされたことを試して報告をしてくれた人たち 直近の数ヶ月を振り返ってみても、私がオススメしたことを試してくれて尚且つ報告までしてくれた人がしばしばいた。 例えば、

    「相手からオススメされたことを試して、オススメしてくれた相手に試した結果を報告する」は、人間関係を良くする技術。幅を愉しむWebメディア RANGER
  • 「解像度を高める」は、間違いなく今役に立っていると思える。RANGER

    前職マーケティングファームにいた頃、顧問でコンサルタントだったAさんから大切なことをいくつも学んだ。 中でも間違いなく今役に立っていると思えるのは、 「解像度が高まる」→「仮説の精度が高まる」→「適切な打ち手が取れる」 といった理屈だ。 そして、この理屈と実践の反復を仕事やプライベートにおいて行ってきた今、理屈のスタート地点にあたる「解像度を高める」は私のポリシー(行動指針)にまでなっている。 「解像度を高める」と「仮説の精度が上がる」 「解像度」とは簡単に言えば「どのくらいで見えているか?」である。 「ぼんやり」と見えているのか、あるいは「ハッキリ」と見えているのか。 「ぼんやり」としか見えていないのであれば「解像度が低い」となり、「ハッキリ」と見えているのであれば「解像度が高い」となる。 ハッキリにはよりハッキリがあり、ぼんやりからハッキリまでのグラデーションだ。 そして、ざっくり言え

    「解像度を高める」は、間違いなく今役に立っていると思える。RANGER
  • 「人に興味がある」と言われた私なのだが、それは本当なのだろうか?RANGER

    私のいろいろなことを学びたい気持ちは未だに健在である。 学びにはいらない知識がついて気を揉むという面もあるとは思うが、それでもそれを上回って学びは人を幸せにする、あるいは、楽にする、という風に私はなぜだか思っている。 なぜそう思うのかはっきりとはわからないのだが、私はどうもそういう人のようだ。 私が学びたい領域は決して広くはないのだが、その中にまさに学びに関連する「教育」がある。 これまでに、教育に関するの感想をいくつか書いてみたのだが、正直に言えばこれらのことは未来の子供たちのために、というよりは、むしろ自分のこれからのために使えないか?という思いが大きい。 それに対して、今更まだそんなことを言うのか?ともう一人の自分が言うのだが、私はどうもそういう人のようなのだ。 その理由を強いて上げれば、自分自身の体感がないと子供に何を言っても上滑りすると感じるからなのかもしれない。 そんな好奇心

    「人に興味がある」と言われた私なのだが、それは本当なのだろうか?RANGER
  • 「ワークライフインテグレーション」は脳からしても理にかなっている?RANGER

    昨年中頃に知人のRさんからこんな質問を受けたことがあった。 Rさん「田中さんは仕事とプライベートをどのようなものとして考えていますか?」 この質問をきっかけにRさんと下のようなやりとりをした。 私「仕事とプライベートをどのようなものとして考えているか・・・・ですか。現時点での考えになりますが大丈夫ですか?」 Rさん「もちろんです。」 私「そうですね・・・。先に結論から言うと、仕事はプライベートを愉しむためのもので、プライベートは仕事を愉しむもの、だと考えてます。」 Rさん「もう少し詳しく教えてもらえますか??」 私「はい。仕事とプライベートを分けて考える方もいると思うのですが、僕の場合は分けて考えるようなことはしてません。というか、なんかできないんです・・・」 私「例えば、仕事を通して学んだ努力の仕方はプライベートで何かをやる際にも使っているし、いい人間関係の築き方も多くを仕事の中から学び

    「ワークライフインテグレーション」は脳からしても理にかなっている?RANGER
  • 日記とは ~自分に何を響かせて生きるのか?~RANGER

    日記を毎日書いている方が入っているコミュニティをチェックしていた時に、自分の子供の頃のひとつの思い出が蘇ってきた。 私の両親は共働きだったので、私は愛されておばあちゃん子に育った。 学校から帰ると祖母は私に間(おやつ)をつくってくれたので、祖母の部屋に入り浸っていた。 今思えば祖母はただただ献身的で私に甘かった。 母は私がおやつでお腹が一杯になって夕べないので、甘やかす祖母をよく思わなかったものだ。 そんな子供の頃にいつも見ていたのは、祖母が日記を書く姿。 祖母は、頻繁に日記を書いていた。 「見せて!」と言ったら字が汚いからと断られた。 チラッと中を覗いたことがあったが、筆記体のような文字が縦に書かれていて全く読めなかった。 「ばあちゃんは、いつからなぜ日記を付けるようになったんだろうか?」 今回はこんなキッカケで日記について、書いてみたい。 ある日記の書き方 少し前に受講した講座

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  • 「良い出会い」を得る可能性を高める方法はいたってシンプル。

    20代後半の頃からの考えとしていまだに大事にしているものがある。 それが、 「人生は人と出会うことで作られていく」 というもの。 特に出典元などはなく自分の人生を通して言語化されてきたものだ。 今私の中にある信念の一つと言ってもいい。 自分の人生にいい影響を与えてくれている人は「メンター」とも呼べるだろうか。 「あの人と出会わなければこうはなっていない」 これまでの人生を改めて振り返ってみると当にこの思いが湧き上がってくる。 そして、だからこそ現在進行形で、自分に良い影響を与えてくれる人との出会いを常に探しているような節が私にはあるのだ。 思うに、人は探しているものを見つけるに過ぎない。 成功を探す人は成功を見つけ、名誉を探す人は名誉を見つけ、権力を探す人は権力を見つけ、愛を探す人は愛を見つける。 出会いも同じくだと思っている。 そしてつい最近も「良い出会いだな」と思える出会いが見つかっ

    「良い出会い」を得る可能性を高める方法はいたってシンプル。
  • 「他者のために」働きかけることができるのは、「自分のために」が満たされている人だけ。RANGER

    先日、知り合いからこんなエピソードを聞かせてもらった。 一週間くらい降り続いた雨の合間をぬって、家族で「無農薬のブルーベリー狩り」に行ったそうだ。 旦那さんと一緒に1キロパックに収穫していくと、その隣で収穫されたブルーベリーを子供たちはひたすらパクパクとべていく。 パクパクとべはじめてから30分くらい経つと子供たちに大きな変化が。 大人が何も言わずとも、子ども同士で「これ美味しいからどうぞ」をしたり、ブルーベリーを収穫している人を手伝ったりといった行動をしはじめた、というのだ。 幼児教育が専門のその知り合いは「自分が満たされると周りに目が向くんですよね」と言っていた。 育ちの核は「満たされること」だと。 これは言い換えると「まずは自分のためにが大事」ということになるのではないだろうか。 少なくとも私はそう思うに至った。 そして、このエピソードを聞いて、思い返され、頭の中で結びついたこと

    「他者のために」働きかけることができるのは、「自分のために」が満たされている人だけ。RANGER
  • 「お互いに共有する目的」が、無くなると関係性は細くなっていき、生まれると関係性は太くなっていく。RANGER

    私がこれまでの人生経験で得ることができて良かったと思うものの中に「お互いに共有する目的が、無くなると関係性は細くなっていき、生まれると関係性は太くなっていく」がある。 例えば、結婚した後に夫婦仲が突然悪くなることがあるが、なぜ起こるのか考えたことはあるだろうか? 様々な理由が思い浮かぶかもしれないが、私の観測範囲では「結婚する、子育てをするというようななんとなくあった目的が達成されてしまいビジョンが共有できなくなった」ことがかなりの部分で影響していると思う。 なんとなくあった目的が達成されたことによって夫婦という関係性が細くなってしまった、ということである。 逆に、夫婦で小さなお店を運営する、夫婦で自給自足の生活を目指すなど、それ以外の目的も共有している夫婦というのは突然仲が悪くなるようなことはなく、関係性は細くならず長期的に良好な関係を保つことができている。 思うに、長期的に良好な人間関

    「お互いに共有する目的」が、無くなると関係性は細くなっていき、生まれると関係性は太くなっていく。RANGER
  • 私はどこまで変われるのだろうか?RANGER

    30年以上ぶりに大学時代のサークルの同窓会に参加して感じたことは、同期や先輩に再会してその当時のまんまに戻れるなあ、というものだった。 それは、同期や先輩のそれぞれの語り口調や会話のリードの仕方(ある人は)、会話に入るタイミングや言葉数など当時と全く変っていないからで、音量は当時に比べて落ち着いてきてはいるが、それぞれの驚き方、笑い方、おどけ方なども変わっていない。 更に言えば、世の中を楽観的に捉えるのか?慎重に捉えているのか?話のどこの部分を面白がるのか?などそれぞれが持つ感覚の特徴が当時と変わっていないようにも思う。 もちろん自分も含めて皺も白髪も増えて容姿は明らかに変ってはいるのだが・・・。 やっぱり「三つ子の魂百まで」なんだなあと確認する。 それぞれが長年の社会生活で様々なことを経験してきているし、知識も増えるなど変化しているはずなのにそこが感じられないことを不思議に思ったのだが、

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  • 人間は「交換」することができれば、かなり満足できる。RANGER

    この嘘のような話も、「私たちは交換ができればそれでよい」という考え方を通すと満更でもないと思えてくるのだ。 手作りのクッキーでお菓子と「交換」し、 そのお人柄でお古のやCDを「交換」し、 日々の同僚との充実した人間関係の中でメッセージを「交換」する。 そして、これら沢山の交換が成立することによって谷さんは十分すぎるほど満足しているのだ。 こづかい0円の谷さんから学べる教訓とは一体何なのか? それは「自分が満足できる交換さえできていればお金など要らない」ということなのだと私は思う。 私たちにとって最も価値ある大切なことは「交換」というやりとりができることなのだ。 どのようにして「交換」というやりとりを成立させていくのか? 言うまでもなく、近代の資主義というのは「お金」を中心にして動いている。 しかし、マルクスが分析した通りお金はそれ自体にはなんの価値もない。 だが、そんなお金にも唯一の価

    人間は「交換」することができれば、かなり満足できる。RANGER
  • メンタルを携えスキルを磨く以前に、チャンと把握するべきことがある。幅を愉しむWebメディア RANGER

    先日、飲み屋でカウンターの隣りに座った男性が、あまりにもいい男(ルックスがいい)だったので、思わず「男前ですねえ」と声をかけたところ、「人は中身だ!」と軽くあしらわれてしまった。 この後の話でその方がそのように言った背景がわかり、自分が思ったことを安易に口にしてしまったことを後悔したのだった。 また、こんなこともあった。 また、別の飲み屋ではそこの店長を常連さんがこんなやりとりをしていた。 店長「いらっしゃい、あれ、生きてたんだ?」 常連「バカ言っちゃいけないよ。」 店長「しばらく見ないからさあ。」 常連「いそがしんだよ。そんなにこんな店に来てられっかよ。」 店長「あの店はつぶれたんじゃねえのかよ?」※常連さんは飲店経営 常連「バカ言ってんじゃねえよ。」 他の常連さん曰く、店長とその常連さんのこの軽いケンカのようなやりとりは、いつもの調子なのだそうだ。 店長も常連さんもどこか楽しげだった

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  • 社会人になったばかりの頃、悪くもないのに「すみません」と言わないこと、と教わった。幅を愉しむWebメディア RANGER

    すこし前に、はてな匿名ダイアリーでこんな記事を読んだ。 自分を軽く扱うこと、他人を軽く扱うこと 一部を引用させていただく。 会社の後輩に何を言っても謝る子がいて、1年くらいは謝る必要がないことで謝らないでと注意していたのだが一向に理解してもらえずにいた。 私は1年で諦めたが、私以外の社員もそれぞれがきちんと数年かけて悪くもないのに謝らないでと伝えている。 しかしこれが当に1ミリも伝わらない。 同じ言語話してますよね?っていうくらい、ここに関しては伝わらない。 褒めても注意しても、こちらの言動が丁寧でも雑でも、返事には申し訳ございませんがついてくる。 なので、数年経った頃から「どうせ申し訳ございませんしか言わないんだし丁寧なコミュニケーションは時間の無駄だ」と思うようになった。 雑に扱うようになった。 返事は一言。 雑談はしない。 だって、責めてもないのに謝罪されるから。 責めてもいないの

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  • オンラインミーティングのコツは、心の準備をするための「暖機運転」。

    新型コロナウイルス感染症が世にはびこって二年以上の歳月が流れ、仕事の方法もツールも大きく変わった。 パンデミックは多くの人を苦しめると同時に、リモートワークやリモート学習といった、平時にはなかなか普及しなかったものを爆発的に普及させた。 私も御多分に漏れず、この二年ほどzoomやskypeなどを使い続けているのだけど、あまり上手く使いこなせているとは言えない。 いや、今年のはじめ頃までは、「もうリモート会議とかリモート打ち合わせなんて何度もやっているんだから平気でしょ」とおごり高ぶっていたのだけど、実はそうではなかったと痛感せざるを得ないことを経験してしまったのだ。 今日は、その「実はzoomの勝手がわかっていなかった」話と、それを緩和する工夫ができている人の話をする。 1.いきなりzoomで生放送についていけなかった件について 先日、あるテレビ局から「zoomで生放送の番組に出て欲しい」

    オンラインミーティングのコツは、心の準備をするための「暖機運転」。
    soleil266564
    soleil266564 2022/03/22
    会議前後の雑談大事。心に廊下を創りだすこと。遊びによって心に廊下ができること。意識してコミュニケーションしていきたい。
  • 「比較する」が持って生まれた機能で便利なものならば、もっと上手く使おうではないか。

    以前「考えすぎない人」の考え方が示されている、というので面白そうだと思い手にとったがある。 <最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方> これを最近パラパラとまた読み直していた。 すると以前はひっかからなかったところが私の目に飛び込んできた。 「なぜヒトは比較する動物になったのか?」という項目だ。 言わずもがな、私たちは常日頃何かと「比較」を行いながら過ごしている。 「あっちの道を行くよりもこっちの道を行った方が早い」 「AというスーパーよりもBというスーパーで買う方が今はお得」 「あの時のキツさを思えば今のキツさは大したことがない」 「前作よりも今作の方が面白い」 「あの人よりもこの人の方が髪が茶色」 「オフィスワークよりもテレワークの方が自分には向いている」 書によれば、このように私たちがごく自然に比較を行うのは、人間という生き物はめんどうくさがりで、よく言えば効率主義な

    「比較する」が持って生まれた機能で便利なものならば、もっと上手く使おうではないか。
  • 自己肯定感が低いのは、正しいことをまともに信じるからである。幅を愉しむWebメディア RANGER

    の高校生の7割以上が「自分はダメだ」と思っている、という記事を見つけた。 そこには、「自分に満足している」と答えた日人の割合は45.8%と他国より格段に低いという調査結果も載っていた。(内閣府より) これに対して、他の主要6ヵ国は、71.5%~86.0% となっている。 自己肯定感が低い人必見!高める方法と悪い習慣を学ぶ 自己肯定感は、わかりやすくいうと「自分は自分のことが好き」という気持ちのことだが、この数字からわかるように、日は他国に比べると自己肯定感が低い人が多いらしい。 このサイトに至ったのは、図書館から「自己肯定感低めの人」のための(2020/9/26)の確保通知が届いたことがキッカケだった。 予約したのがもう半年以上も前で、予約したことも忘れていたのだが、当時の予約待ちは100人を超えていたことを今になって思い出した。 このはよく売れているようだ。 そういえば、ここ

    自己肯定感が低いのは、正しいことをまともに信じるからである。幅を愉しむWebメディア RANGER
    soleil266564
    soleil266564 2022/03/07
    新しい記事が掲載されました。