タグ

ブックマーク / gendainoriron.jp (5)

  • 「公式党史はどう書き換えられたか」成蹊大学名誉教授 /富田 武 | 特集

    執筆の動機 私が書の執筆を思い立ったのは、ここ数年のことである。 すでに1990年代後半から和田春樹氏らと「コミンテルンと日共産党」の研究を、科研費を得て立ち上げた。「ロシア現代史文書保存・研究センター」(旧ソ連共産党中央公文書館、現ロシア国立社会・政治史公文書館)に出かけ、G・アディべーコフ氏の協力を得て、遅ればせながら『資料集 コミンテルンと日共産党』を刊行した(2014年)。2010年にシベリア抑留研究に進み、『シベリア抑留者たちの戦後』(2013年)を執筆しながら、コミンフォルム及び日共産党のかかわりを調べ、戦後共産党史もやらなくてはと思った。しかし、従来のような綱領・戦略論争中心の狭い党史では魅力がなく、かといって労働運動、学生運動、原水禁運動、文化運動などを含めた総合的な歴史研究は手に負えないなと思って、断念しかかった。 ところが、中北浩爾さんが『日共産党 「革命」を

  • 「日本共産党からの批判に反論する」中央大学法学部教授/中北 浩爾 | 特集

    はじめに 私は2015年の安保法制反対運動とその後の野党共闘の進展を受けて日共産党への関心を高め、結党100周年にあたる2022年に『日共産党―「革命」を夢見た100年』(中公新書)を出版した(注1)。それ以来、新聞やテレビなど各種のメディアから、共産党についての論評を求められるようになり、①党員数や機関紙購読者数の減少にみられる党勢の後退、②国会や地方議会での議席の減少、③「市民と野党の共闘」の行き詰まり、という三つの困難に共産党が直面しており、抜的な自己改革が不可欠であると主張してきた(注2)。 そうしたなか、2024年2月21日付の『しんぶん赤旗』は、谷諭氏(日共産党理論委員会事務局長)の執筆による「日共産党を論ずるなら事実にもとづく議論を―中北浩爾氏の批判にこたえる」(以下、谷論文)を掲載した(注3)。その後、3月3日付の『しんぶん赤旗 日曜版』にも転載された。まず執

  • 「どこへゆくのか日本共産党」本誌編集委員/池田 祥子 | 論壇

    党員2名の除名の経緯 今年の1月末、松竹伸幸氏の『シン・日共産党宣言―ヒラ党員が党首公選を求め立候補する理由』(文春新書)が発売された。その大きな理由の一つは、現在の志位和夫委員長が2000年以来、20年以上にわたって在任し続けていることに異を唱えたものだ。 昨年「創立100年」を迎えた日共産党だが、1973年には34万2000人の党員数だったものの、現在は約27万人、しかも高齢化が進んでいる。 また、日共産党の委員長は(掲載図参照)各支部から選ばれる各地区委員会(地区党)、そこからさらに選ばれたものによる都道府県委員会(都道府県党)があり、再びそこから選ばれた約1000人によって全国大会(最高機関)が開かれる。ここで、約200人の中央委員が選ばれ、「指導機関」(形式上)としての「中央委員会」が設定される。この約200人の中央委員会(党中央から給与全額支給)で、党首である委員長その他

  • 「労働組合はどこに行くのか?」東京大学名誉教授 田端 博邦 | 特集/問われる民主主義・労働

    資料:OECD (www.oecd.org/els/industrial-disputes.pdf)から作成 この表は、1985年から2015年までの各国の雇用労働者1000人当たりの労働損失日数を示したものである。なお、原表は34加盟国、2未加盟国のデータを掲載しているが、稿では、必要最小限の6か国にしぼっている。 まずこの表で明らかなことは、各国の数値の間には非常に大きな差異があるということ、そして年ごとの争議行為損失日数はかなり激しく変動しているということである。これらは、それぞれの国の労働運動の特徴や、それぞれの時期の経済情勢や労使紛争の状況を示している。そこからは多くの興味深い事実が見いだされるであろう。これについては、のちに部分的に再論する。 しかし、そのような変動や差異を無視して、長期の大きな流れをこれから読み取ろうとすれば、1985年以降、とくに、1995年以降にはっきり

  • 「私の東大闘争も歴史の目に映るだろうか」東京統一管理職ユニオン委員長・本誌編集委員・大野 隆 | 論壇

    富田武さんが『歴史としての東大闘争―ぼくたちが闘ったわけ』(ちくま新書 2019年1月)を上梓された<富田さんは、私が駒場時代に学友会活動で一緒して以来、特に郷とそこで展開した東大闘争の時期には、1年上の先輩として常に教えられ、私から指導を求めたという関係なので、以下でも「富田さん」と表記する。学友会は自治会とは別組織で、サークルなどをとりまとめていた。当時は自治会は民青が主導し、学友会はフロント(社会主義学生戦線)が中心にいた>。 正直言って、緻密な学者である富田さんの著書に関して意見を言うなど、私にはとてもできることではないのだが、書の帯に「安田講堂事件50周年」とあるので、「安田講堂攻防戦」で逮捕された私としての思いを記してもよいかと、蛮勇を振るうこととした。 富田さんは書冒頭で「筆者は当事者ではあるが、歴史家の眼で東大闘争を論ずるつもりである」と宣言する。一読したあと、私自身

  • 1