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UNIXとOSに関するsotokichiのブックマーク (9)

  • 「MacはLinuxだった」って本当? 「そうだね……」元Mac雑誌編集者は昔語りを始めた

    MacLinuxだった」って当? 「そうだね……」元Mac雑誌編集者は昔語りを始めた:ヤマーとマツの、ねえこれ知ってる?(1/4 ページ) 経歴だけは長いベテラン記者・編集者の松尾(マツ)と、幾つものテック系編集部を渡り歩いてきた山川(ヤマー)が、ネット用語、テクノロジー用語で知らないことをお互い聞きあったり調べたりしながら成長していくコーナー。交代で執筆します。 マツ 「MacLinuxだった」という趣旨のツイートが話題になっていて、ああそういうこともあったなあ、と思い出したので、ちょっと昔語りしようかなと。茶でも飲みながら。 ヤマー 私は紅茶を用意してきます。 戻ってきました。macOSは何がベースになっているかって話ですよね。 マツ 結論から言っちゃうと、現在のmacOSはUNIX系列のOSではあるけど、Linuxではないです。macOSのベースになっているのはDarwin。

    「MacはLinuxだった」って本当? 「そうだね……」元Mac雑誌編集者は昔語りを始めた
    sotokichi
    sotokichi 2022/01/26
    “ Mac老人会のみなさまも多分、同じ感じではないかと”
  • UNIXの貴重なブート画面を記録したムービー「AT&T UNIX PC 7300 boot up」

    AT&Tのベル研究所で開発されたUNIXは、macOSLinux、FreeBSDといった、現在広く普及しているOSの元となる存在です。そんなUNIXの起動画面を記録した貴重なムービーがYouTubeで公開されています。 AT&T UNIX PC 7300 boot up - YouTube ムービーに登場している「AT&T UNIX PC 7300」は、512KiBのメモリと10MBのハードドライブを搭載したモデル。当時としてはモダンな外観である「ウェッジ」デザインを採用していました。PC 7300の後ろに手を伸ばし、電源をオン。 電源を入れると画面左上にぼんやりとマークが浮かび上がってきて…… 5秒ほどたつとはっきりとマークが表示されました。 起動画面が表示され、ディスクの検索が行われています。 文字がつぶれて読みづらいですが、ブートローダーを読み込んでいるようです。 ブートローダーの

    UNIXの貴重なブート画面を記録したムービー「AT&T UNIX PC 7300 boot up」
  • MINIXの30年の歴史から学んだこと

    (文書はAndrew S. Tanenbaum教授の許可をいただいて島慶一が翻訳しました。) MINIXの30年の歴史から学んだこと (原題: Lessons learned from 30 years of Minix) 著者: Andrew S. Tanenbaum (収録: Communications of the ACM, Vol. 59 No. 3, March 2016, Pages 70-78) Linuxのことはみなさんよくご存知だと思いますが、その直接の祖先であるMINIXも齢三十を迎え、古参のソフトウェアとしてはまだまだ元気にやっています。MINIXの生い立ち、またMINIXやLinuxの始まりの物語はあまり知られておらず、だからこそMINIXの開発から多少なりとも学ぶべきことがあるのではないかと思うのです。これからお話しすることには、オペレーティングシステム特有の

  • UNIX/Linux互換OSをゼロから作った話 - Qiita

    こんにちはredcap97です。 私は、UNIX互換OSをゼロから作っています。 ある程度動くようになったので紹介したいと思います。 デモ 現在、QEMUの上で動作するようになっています。CPUはx86ではなくARMを対象に作っています。シェルと基的なコマンドが動作するようになっていて、リダイレクトやパイプも利用できます。 Dockerを使うと簡単にOSを動かすことができます。 概要 33のシステムコールを実装している システムコールはLinuxと互換性がある シェルはDashが利用できる Coreutilsのコマンドが使える libcはmusl libcを使用している ファイルシステムはMinix File Systemを実装している 以上です。 私は実装がとても遅いので、ここまで作るのに2年ぐらいかかっています。 Linusの偉大さを肌で感じなら、これからもノロノロと作っていきたいと

    UNIX/Linux互換OSをゼロから作った話 - Qiita
  • NextBSD登場

    FreeBSDの開発者であり、iXsystemsのCTOを務めるJordan Hubbard氏および同じくFreeBSD開発者でありiXsystemsのKip Marcy氏が8月に開催されたBAFUGで発表したスライドが「NeXTBSD AKA FreeBSD X」において公開された。発表の様子は「Jordan Hubbard visits BAFUG」からも確認できるが、これはJordan Hubbard氏らが開発を進めている「NextBSD」の概要を紹介するものになっている。 NextBSDはFreeBSD-CURRENTから派生したオペレーティングシステム。FreeBSDカーネルをMach IPCに対応させ、さらにMac OS Xで使われているいくつかのライブラリを動作させ、最終的にこれもMac OS Xで使われているlaunchdでシステムを管理するインタフェースを提供するといった

    NextBSD登場
  • CPU実験で自作CPUにUNIXライクOS (xv6) を移植した話 - 豆腐の豆腐和え

    今年のCPU実験では、有志からなる我らがX班が、おそらくCPU実験史上初である自作CPUへのOS (xv6) 移植に成功しました。コア係とコンパイラ係の面々がそれぞれまとめ記事を書いていたので、OS係から見たOS移植のまとめも書こうかなと思います。こんなことしてましたってことが伝わればいいなと思います。 この記事を読む後輩やらなんやらがいたら、ぜひ僕らがやったようなことはさっさとクリアしちゃって、さらにさらに面白いことをする踏み台にしていってほしいですね。 どなたが読んでもある程度概要が伝わるよう、まずCPU実験とは何かということをさらっと書いた後、実際にxv6を移植するにあたってやったことをまとめたいと思います。 CPU実験とは CPU実験は僕の学科(理学部情報科学科)で3年冬に行われる、半年間にわたる学科名物演習です。 最初の週で4~5人程度の班に分けられた後、それぞれの班でオリジナル

    CPU実験で自作CPUにUNIXライクOS (xv6) を移植した話 - 豆腐の豆腐和え
  • タネンバウム教授「認めよう、私が間違っていた」

    アンドリュー・タネンバウム教授はマイクロカーネルの支持者であり、モノリシックな構造を採用したLinuxのアーキテクチャについては以前から批判的でした。 FreeBSDコミッタのGavin Atkinson氏のツイートによると、そのタネンバウム教授が9月28日からブルガリアで開催されたEuroBSDconに登壇し、自分が間違っていたことを認める発言をしたらしいのです(記事末の追記参照。MINIXとBSDについての発言のようです)。 Tanenbaum admits that he was wrong all those years ago. #EuroBSDCon pic.twitter.com/7H6XePNTsS — Gavin Atkinson (@gavinatkinson) 2014, 9月 27 画像が一部不鮮明なところがあって全部を読み取れないのですが、スクリーンに映った文字は

    タネンバウム教授「認めよう、私が間違っていた」
  • 国内OS市場で2013年にLinuxがUNIXを抜くと予測---IDC Japan調査

    IDC Japanは2013年8月7日、2012年の国内オペレーティングシステム(OS)市場規模が前年比1.8%増の1841億1400万円になったと発表した。同市場の2012年~2017年の年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)は0.6%になると予測している。 2012年の国内サーバーOS市場は、前年比3.5%増の755億9100万円だった。IDCでは、同市場の2012年~2017年のCAGRを0.8%と予測している。2015年7月でサポートが終了するWindows Server 2003の更新需要により、Windowsは2013年に6.3%成長する見込み。Linuxは高い成長を続け、2012年~2017年のCAGRが7.0%になるという。一方、UNIXとメインフレームは2017年までマイナス成長が続くとIDCは予測。2013年にはLinuxがメ

    国内OS市場で2013年にLinuxがUNIXを抜くと予測---IDC Japan調査
    sotokichi
    sotokichi 2013/08/08
    OS Xってどこにカウントされてるんだろ。
  • 圏外からの勝利──1980年代後半「OS戦争」の勝敗を決めたもの - ITジャーナリスト星暁雄の"情報論"ノート

    最近、「 『UNIXをC++で分散OSに書き直せ』、幻に消えたBill Joyの野望とは」という記事を書いていて改めて気がついたことがあります。1987年〜1993年頃の時期はコンピュータ産業の大きな転換期で、次の世代の主流となるOSが決まる重要な時期だった、ということです。勝ち残ったのは、当初は「圏外」と思われていたWindows NTとLinuxです。 大きな転換期であることのサインは、いくつかあります。32ビットCPU(Intel 80386とその後継製品)を搭載したPCが実力を高め、エンタープライズITのメインストリームになっていったこと。コンピュータ産業の巨人と思われていたIBMが赤字に転落し、社外からガースナーCEOを迎えいれたこと。オープンシステム(メーカー独自のプロプラエタリな製品ではなく、業界標準の製品によるシステム構築)の台頭。インターネット商用化も同時期の出来事です。

    圏外からの勝利──1980年代後半「OS戦争」の勝敗を決めたもの - ITジャーナリスト星暁雄の"情報論"ノート
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