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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (12)

  • 感情の解像度 - 傘をひらいて、空を

    一昨年の四月、私のチームに新人が入った。まっさらな新卒だ。経験はもちろんなかった。しかし、驚くほどよく勉強する。ひとつ知らないことが出てくれば十は調べてくる。作業スピードが異常なまでに速い。しかも長持ちする。長時間の残業や休日出勤のあともけろりとしていて、代休や有給を取るようにと促さなければならない。 なにか彼女にとって正しくないと思われることがあれば、相手が直属の上司である私でも、さらに上の管理職でも、平気でものを言う。恨みがましさがまったくなく、言葉遣いがぱりっとしているので、文句を言われても(そしてそれが多少の見当違いを含んでいても)、ほとんど気持ちがいいくらいだ。 そういうわけで私は彼女をおおいに評価している。けれども彼女にももちろん欠点がある。彼女はとんでもない見落としやミスをすることがある。感情的には繊細だと私は推測しているのだけれど、仕事ぶりはとにかく力まかせだ。スピードはす

    感情の解像度 - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2015/10/21
    理性とあやうさの境界線
  • あなたはもうそれを求めなくていい - 傘をひらいて、空を

    この一年はねえずっとこうなのよお、なんかねえ、ラク、その前はちょっとした浮き沈みがあったんだけど、まああんまり気にしなかった。私の正面に座って彼女は言う。私はひどく驚いて彼女をじろじろ見てしまう。すんなりと長いきれいな手足をして腫れたように膨れても枯れたように縮んでもいない。彼女は苦笑して言う。不躾ねえ、みっともない。私はもぐもぐといいわけを噛んで目をそらし、目の前にいる人を見ないのもおかしいのでもう一度見た。彼女は愉快そうにけらけら笑った。 知りあって十数年になるけれども、会うたびに膨らんだり縮んだりする人だった。そしてしばしば長期間会うことがないのだった。縮むときのようすがほんとうに切実だったから、そのあいだ無事でいるか気を揉んだ。縮んだときの彼女は不吉な記号みたいな骨の浮いた手足をぎこちなく動かし、こぼれそうな目の幼子みたいな老婆みたいな顔をして、ひどく陽気だった。 彼女はいい人だっ

    あなたはもうそれを求めなくていい - 傘をひらいて、空を
  • やさしさのための技術とその運用 - 傘をひらいて、空を

    人にやさしくしたいんだけどどうしたらいいかねえ。なにそれ。いや、だからさ、やさしくしたいんだけど、具体的にどうすればいいか考えると、悩む、という話、相手と状況は考慮する、でも内面まではわかんなかったりするでしょ、だってたとえば私が今やさしくしたい相手は、ふつうの顔してるけど実は私を心底憎んでいるかもしれないし、ひそかに激しい愛を持ってるかもしれないじゃん。極端だな。極端に言うと、わかりやすいでしょ。 そうだなあ、わかりやすさのための技術はけっこう出回ってるけど、やさしさっていうのは、わりとむつかしい、たしかに。ね、基はハグでしょ、とか思うけど、身体接触って強力な代わりに相手を選ぶわけ、しかも抱きしめても抱きしめても届かないものはあるわけ。そりゃそうだ、やさしくしたい相手が、触っていい人だとしても、それで終わりじゃないよね、同じ相手でも状況や気持ちや方法によっては不愉快にさせたり、傷つけた

    やさしさのための技術とその運用 - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2015/02/25
    あめちゃん。
  • 腫瘍を引きずり出す - 傘をひらいて、空を

    文章は上手くなくて良い。上手いなら幸いだけれども、特別に上手くなくても書きたければ書いていいのだし、書くのはたのしい。それだからみんな作文するといいですよ。そういう主旨でものを書くワークショップがあった。あった、というのは文字通り主催が他の人だからで、私はただその部屋をてくてくと訪れて「下手でも書くのはたのしいです」と言う係だった。ブロガーという名称で呼ばれた、いわばしろうとの代表だ。 その部屋にはだから作文の好きな人たちがいて、主催側の、を書いているような人とその手伝いのスタッフがいた。構えや思いこみを解いてなおかつ自分が読んでおもしろいものを書くためのしかけがほどこされたあとで、場は適度にほぐれ、人々はPCのキーボードをたたいたり、その場で書きあげた文章のプリントアウトと事前に書いてきたものを見比べて感心するなどしていた。 じゃあマキノさん、そこ座っててくださいね、と主催者は言った。

    腫瘍を引きずり出す - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2014/03/18
    庇護されているものへの憎しみと羨望。コインの裏表。
  • 胡桃の中のふたり - 傘をひらいて、空を

    最近うちに来ないねえ。そう言われて、私はあいまいに笑う。彼女は私を見る。古いつきあいで、共通の友だちもみんな古くから一緒だったけれども、彼女が結婚してからというもの、職場でできた友だちや妹まで紹介されて、最近の飲み会はずいぶんとにぎやかだ。その妹があっけなく言う。そりゃあ、お姉ちゃんの旦那に遠慮してるんだよ、ねえマキノさん。私は諦めて、そうだね、とこたえる。よくわかるね。彼女の妹はえへんと胸をはって、だって私がお姉ちゃんと遊ぶのもあの人、嫌なんだもん、友だちとか、もっと嫌なんだよ、と宣言した。 彼女の妹は、万事に率直な彼女よりもさらにストレートで、なぜと思ったらなぜと訊く子どもみたいなところがある。言ったら彼女が困るから、私は黙っていたけれども、ばらされたらかえってほっとした。彼女の妹はあけすけに人の心に入ると同時に、驚くほど賢くて底抜けにやさしい人でもあるのだった。 美知子も配慮してるの

    胡桃の中のふたり - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2014/02/16
    胡桃を割って、中身が干からびて縮んでいたときの物寂しさを思いだした。
  • あまい真綿 - 傘をひらいて、空を

    彼は仕事でへとへとに疲れて、彼女に連絡すると言ったことを忘れる。起きると彼女からメッセージが入っている。昨夜どうしたの?具合でも悪い?彼は返信する。だいじょうぶ。ごめんね。だいじょうぶならよかったと彼女は送りかえす。そのようなことが何度か起きる。あなたってほんとにいいかげんねと彼女は笑う。彼も笑う。 彼の仕事は先が読めないので、彼の予定はよく変わる。彼は彼女にそれを告げる。ごめんねごめんねと彼は言う。仕事なんだからしかたがないでしょと彼女は言う。笑って言う。そのうち彼もそう思う。仕事なんだからしかたがない。それからやがて、しかたないとも思わなくなる。予定が立たないならはじめから伝えなければいいのだ。それは当たり前のことで、だから意識なんかしない。 予定がつぶれても彼女に会いたいので、時間ができた日に彼は彼女にたずねる。今日行ってもいい?彼女は承諾する。彼は喜ぶ。やがて喜ばなくなる。それは当

    あまい真綿 - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2013/12/18
    つらい。
  • 空を飛んで助けに来てね - 傘をひらいて、空を

    Skypeに応答するとなんで映像切ってるのと彼女は言う。部屋中に洗濯物を干してるからだよと私はこたえる。それに電話っぽいほうが違和感がないっていうか、映像までついてると、過剰な気がする、恋をして頭がおかしくなってるときにその相手を見る、くらいのときには映像つきでちょうどいいけど、ふつうの会話には要らないと思うよ。 私だけ映像見せてるなんて不公平っぽい、と彼女は言う。目の前のウインドウの中から手が伸びてきて、ウインドウの光が消えた。今のなにと訊くと絆創膏貼ったと彼女はこたえる。カメラだけ切る方法わかんなかったから、そこにあった絆創膏貼った。私は延々と笑い、何がそんなに可笑しいのと彼女は尋ねる。私は彼女の少し古いマッキントッシュに絆創膏がついている姿を想像してしつこく笑う。 最近はいいのと訊くとだいぶ、と彼女はこたえる。この数年、私たちは年に一度はそのようなやりとりをする。十年前、二十代半ばの

    空を飛んで助けに来てね - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2012/03/24
    「田村はね誰かを救うのが好きなの。私は救われて元気だから今は救うことができないの。もう女の子でもなくて、ずうずうしい大人なの。だから田村はきっとつまらないんだと思う。」
  • 憎しみを捨てる - 傘をひらいて、空を

    うちの男の子がねと彼女は言う。彼女には三歳の男の子がいるけれど、その子のことはそう呼ばない。武生がね、と言う。うちの女の子、というときも同じだ。彼女に娘はいない。うちの男の子がね、同期が結婚しちゃってつらいみたいで、ああその同期の女の子を好きだったわけ、だいぶがんばって、でも学生時代からの彼氏に勝てなかったみたい、それで、殴る夢を見るというの。 彼女の話はよく跳躍するので私は好きだ。少しわかりにくいけれど、速度の感覚がある。わかりやすさなんかたいしたものではない。わかりやすさのために話を聞くのではない。快さのために聞くのだ。 その好きな人を殴る夢を見る部下って、よく相談に来るの。私がそう訊くと彼女は首をかしげる。ほかの子はいろいろ相談してくるけどあの子はしないな、でも今回は、なんていうのかしら、まだ仕事に支障は出てないんだけど、たぶん持ち帰ってどうにかしてるんじゃないかと思うんだけど、半分

    憎しみを捨てる - 傘をひらいて、空を
  • 焚きつけの取り扱い - 傘をひらいて、空を

    ふだんは会議室に使っているという広い部屋に、ケータリングのべものと軽いアルコールの匂いが満ちていた。戦前の建物を造り替えたのだそうで、床は焦げ茶に変色した木材だった。それは大量のの通った様子を残していた。視界の端に同じ会社の後輩の姿が映った。若い男から熱心に話しかけられている。 部屋にいる私たちはみんな同じような仕事をしていて、だから同じような苦痛や苛立ちを抱えていた。そういう話題があれば初対面でも親しいような気になれる。 同じような仕事をしていて、だからそれがもたらす美しい感情をもとに親しい会話ができるかというと、そういうことは少ない。時たま誰かが(私ななんかが)仕事の好きなところを口にすると、ほかの人たちは無知な子どもを見る目でほほえみ、いいですねと言う。そのあとのことばに排斥のほかの意味はない。いいですね、若いって。いいですね、優秀だからでしょう。いいですね、運がいいんですね。あ

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  • 一、連れて帰る  二、せせら笑う - 傘をひらいて、空を

    三年くらい集まってないよねえ。私が訊くと彼は、誰かの結婚式に便乗するチャンスがなかったんだよ、と言った。私たちは大学のときの講座が同じで、二十代まではおおよそ二年に一度の割合で顔を合わせる機会があった。 機会があった、というのは私のように受動的な人間の物言いで、たいていは電話の相手の彼が声をかけて集めてくれていた。私は同期生の名前を出し、こないだ一緒に旅行に行ってね、と言った。相変わらず仲いいのなと彼は言った。 彼は人当たりがよく頭の回転もなかなかに速く、いろいろなタイプの相手に如才ない会話を提供することができた。そういう人間はある程度の年齢になればしばしば見られるけれども、二十歳のころからうまくやれる人は珍しい。整った顔だちで着るものも気が利いていたから(とにかく全方位的に気が利いているのだ)、女の子たちにも人気があった。 けれども私は彼が少し苦手だった。彼の物言いからは時折、彼が持って

    一、連れて帰る  二、せせら笑う - 傘をひらいて、空を
  • 涙袋 - 傘をひらいて、空を

    カフェでを読んでいて、隣のテーブルの女性が落ちつかない様子をしていることに気づいた。 彼女はおずおずとあたりを見回し、ウェイトレスを目で追い、でも声はかけずに、窓の外を見たりうつむいたりしていた。見たところ四十代半ば、少し面やつれしているけれども、ごく清潔な印象の、端正な人だった。私と同じように、彼女もひとりだった。 またしばらくを読んでいると、隣のテーブルから、あの、と声が聞こえた。隣の女性が立ちあがってウェイトレスを呼びとめたのだ。ウェイトレスははたちくらいの女の子で、とても愛想よく、はい、と彼女を見あげた。ずいぶんと小柄な人だった。 コーヒーはまだでしょうか、と彼女は言った。ひどく遠慮がちな、ほとんどおびえているような口調だった。ウェイトレスは、は、というような音声を発し、目をくるりと動かし、一度息を吸ってから頭をさげた。 私はさきほどべつの店員と交代したのです。私たちはお客さま

    涙袋 - 傘をひらいて、空を
  • 間がもたないデートと精神的な内臓 - 傘をひらいて、空を

    私が電話に出るなり、あのさ、彼氏とどんな会話する、と彼は訊いた。彼氏によると私はこたえた。相手によって話題は変わる、友だちと何しゃべってんのって訊くのと同じで、具体的な内容を答えられる質問じゃないね。 めんどくせえ女だなあ、今までの誰かひとり適当に見繕って答えてくれってことだよ、空気読め、と彼は言った。なんで私があなたの吐いた空気を読む義務があるのと私は訊いた。彼は楽しそうに笑った。彼は会話の中で軽くやりこめられるのが好きだ。 私は携帯電話を耳に当てたままベッドに寝そべって話す。まずは好きって言うよね。そんなん一秒で終わるだろと彼は言う。二文字じゃん。わかってないなと私は言う。好きにもいろいろバリエーションがあるの。褒めるとか。人によってはなに着ててもまずは褒めてくれる。なにも着てなくても褒める。どうかすると電話に出ただけで「相変わらずかわいいねえ、声がとても」とか言う。 狂ってると彼は言

    間がもたないデートと精神的な内臓 - 傘をひらいて、空を
    surumeno13
    surumeno13 2010/07/19
    「そりゃあそういう話はある意味で退屈だろうし、重いだろうし、愉快じゃない。でも、それをしないってことは、あなたがいつまでも彼女をゲストとして扱っているってことなんだよ。」
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