恋人と別れて30年が過ぎ、その元恋人の娘と出逢う夜 古い友人であるShellyからメッセージが届いた。「私の娘のAdrienneが日本に行くのだけれど、時間取って彼女と会ってくれるかしら?」 Shellyはアメリカ在住の白人女性だ。Shellyと俺との関わり合いは、過去に書いた。こちらを参照のこと。25歳に戻れた夜~ブライアン・…
ブログのコメント欄に大量の批判・罵倒・侮辱を書き込む人々をこれからは「ネットイナゴ」と呼ぶことにする。 えっけんさんによる「ネットイナゴ」の定義 自分の意見と異なる主張をする者に対して、相手の考えが変わるまでコメントを続ける者 自分が直接コメントスクラムに参加しなくても、それを焚き付ける行為をする者 他人のサイトが「炎上」するのを見て喜ぶ者 「炎上」しているブログに対し、尻馬にのって罵倒コメントを残す者 それが恥ずべき行為ということを分かっていない者 単なる荒らしと異なり、コメントの際に意味不明な単語の羅列などは行わない ネットイナゴ(いなご)という言葉に反発する向きもあるが、私は「ネット右翼によるコメントスクラム」という表現よりはずっと適切だと思う。 集団的に(あくまで集団「的」であって、組織されてはいない)多量の批判コメントを書き込む人たちをひとまとめに「ネット右翼」と呼ぶのはおかしい
荒川選手ウィニングラン未放映問題や日本海海底地形調査問題でお世話になったジャーナリスト・花岡信昭氏のブログが炎上している。 花岡信昭ウェブサイト - my weblog : 「モーニング娘。」が日本語を壊した わがデスク周辺の乱雑に積み上げてある雑誌、週刊誌、単行本など片っ端から点検してみたが、「・・・。」という表記は見当たらない。文芸作品の中には、作家の趣味によって、そういう体裁があるのかもしれないが、一般に目につく日本語の文章は「 」の末尾には句点はついていない。 読点(、)についての指摘もまさにその通りである。日本語は「、」、英語は「,」というのが、当たり前の表記であった。それが混乱してしまっている。 考えてみれば、「モーニング娘。」が、いけないのだ。歌もへただし、ダンスもひどい、とてもではないがエンターテインメントの領域には達していない現代的な娘たちの集団だが、名前に「。」をつけた
ドストエフスキーの『罪と罰』にショックを受けた僕は、中野翠がその著書で紹介した現実の事件にも相当のショックを受けた。 1979年1月14日、東京都世田谷区で、有名私立高校に通う男子高校生Aが、彼を溺愛していた祖母を、カナヅチ、ナイフ、キリなどで殺した。そして少年Aは、近くのビルの14階から飛び降り自殺をした。 しかし何よりショッキングだったのは、少年Aが朝日・毎日・読売三紙に向けて書いた──大学ノート40ページにもわたる長大な──「遺書」の存在である。 「大衆憎悪」に貫かれたAの遺書は、下記の7章から構成されていた。 第一章 「総括」 第二章 「大衆・劣等生のいやらしさ」 第三章 「祖母」「母」 第四章 「妹」 第五章 「最近ふえはじめた青少年の自殺について」 第六章 「むすび」 第七章 「あとがき」 そしてその遺書は、メディアを挑発するかのような、次の文言で締めくくられる。(以下、高校生
「ロナウジーニョは超人、中田英寿はまだ人類、ジーコ監督には興味はない、一次リーグ突破は無理」(蓮実重彦) ジーコ監督には興味がない。監督経験のない人物を連れてきて、どうのこうの言うのは意味がない。うまくやっているのかも知れないが、監督になって大化けしていない。 トルシエ監督は選手を子供扱いしたが、抑圧がエディップスコンプレックスを生み、選手の方が最後、自分で考え「じゃ、こうやる」と動いた。 今回の選手選考では、松井大輔を選ばなかった。最も優れた中盤の一人がなぜいないのか。ストライカーたるFWは5人でいいのか。 ストライカーに欠け、そして数ばかり多いDFは何ごともほとんど意味していない。 ジーコ監督のマネージメントには二つ問題がある。アウエーの試合で、勝たなくてもいいが絶対に負けられないという戦い方を身につけられなかったこと。日本代表の平均年齢が上がり、次回活躍に期待できる若者がいないこと。
季節も秋を迎え、いよいよぶどうも適熟へと向かっています。 今回の歳時記では、秋のスペシャルゲストとして、「幸福のお取り寄せ」(講談社)などの著書でも人気の秋元麻巳子さんをメルシャン勝沼ワイナリーにお迎えしました。 「城の平」を舞台としたぶどう栽培の実際をご案内するほか、テイスティングを通して「シャトー・メルシャン」の世界を秋元さんに堪能していただきました。 9月某日、快晴。メルシャン勝沼ワイナリーに到着した秋元さんをまず「城の平」に案内する。 ガイド役は、チーフ・ヴィンヤード・マネージャーである斎藤浩。渡る風が頬をやさしく撫でる小高い丘にて、 甲州という日本特有のぶどう品種や勝沼という町の位置づけ、産業としてのワインの歴史、そして自社畑「城の平」の存在意義や役割についてふれる。 『ここ「城の平」では1984年から、カベルネ・ソーヴィニヨンを主に、試験のために様々なぶどう品種を導入して
BigBang氏の所にコメントしようと思ったが、長くなったことと、また内容的にも自分の責任において書いた方がいいと判断。自分のブログを閉めたばかりだが、一時的にブログを立ち上げることとする。殆ど記事を残していないが、一応名刺代わりに、右柱に旧ブログにもリンクを張っておく。本来メインであった政治記事は、既に残していないが。「ジャーナリスト」の方々相手なので、一応幾つか復活させておいた。 歌田明弘の『地球村の事件簿』: われわれはみな「隠れオウム」の容疑者 BigBang: 週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書 BigBang: 週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書(2)----歌田氏の回答 BigBang: 週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書(3)----歌田氏の回答でわかったこと BigBang: 「仮想報道 われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」(週刊アスキー)の問題点について 今までも事の
このシリーズに関しては、「日本はこういうところがダメだ」という書き方はなるべくしない方針でやってきたのだが、いくつか日本の特殊出生率1.25について、アメリカと日本の比較の話を読んでしまって、つい言いたくなってしまった。 出生率向上は米国にも学んだら: 極東ブログ error 「愛国心」との関連性については全くコメントのしようがないが、「アメリカの子供の数」の話は、生活感覚として、白人の家庭でも一般に子供がいる家が多く、数も多いような感じがする。さて、それはナゼか? 日本とアメリカしか比べられないが、私的には、「アメリカは親に甘いから」だと思う。 昔、竹内久美子さんという動物学者の本が流行したことがある。「身勝手な遺伝子」論で、男と女の話などをスルドく面白く解説していて、一時はまって読んだ。その中の一つに、「イギリスのような、ロクなもの食べていない国ほど、偉大な科学者を多く出すのはなぜか」
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