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ブックマーク / satotarokarinona.blog.fc2.com (3)

  • 「ネトウヨ」の源流 | 荒野に向かって、吼えない…

    『グラウンド・ゼロを書く  日文学と原爆』(ジョン・W・トリート著)の原著の刊行は1995年のことなので、むろん著者にその意図があったわけではないが、いわゆる「ネトウヨ」的なものの源流などについて考えさせられる部分があった。 1966年発表の井伏鱒二の『黒い雨』は高く評価され広く読み継がれることになるがその刊行後、、意外にも山健吉や江藤淳といった保守派からも絶賛された。 現在では『黒い雨』は原爆の悲惨を語り継ぐ「戦後民主主義」的な作品として受けとめている人が多いであろう。それをなぜ保守派が絶賛したのだろうか。その理由は山の「地についた平常人」の次の箇所を読むとよくわかる。 「[他の原爆文学の作品は]あまりにハードボイルドに書かれ過ぎた。あまりに政治の手に汚され過ぎた。あまりに安易な符牒で呼ばれ過ぎた。井伏さんがこれを書いてくれなかったら、私は日人として、何時までもやりきれない思いを

  • 『シニカル理性批判』 | 荒野に向かって、吼えない…

    ペーター・スローターダイク著 『シニカル理性批判』 「あえて賢くあれ(sapere aude!)、汝自身の悟性を用いる勇気を持て、これがすなわち啓蒙の標語である」。 イマヌエル・カントは『啓蒙とは何か』で、「まだ自信に溢れていた近代の主観的理性論のスローガンをこう定式化した。「いまだ」理性の基準に従わない世界の様々な動向を、主体的な努力によって制御することができるとする、懐疑的楽天論と自負とがそこにあった。カントが参集を呼びかけた「自ら知ることができる」が、「現状」に絶望した近代が知らない、みずみずしい性質の勇気によって支えられている」。 では現状に絶望した、「みずみずしい性質の勇気」を失った人々はどうなるのだろうか。 「かつて見た世界の破局や今また忍び寄る破局を考えれば、歴史屈した今日の生活感には、もはや、こんなものをまともに信じることはできまい。この生活感、「自身の悟性を用いる」気

    synonymous
    synonymous 2018/05/08
    読もうとして積んでいたな
  • 『なぜ、ナチスは原爆製造に失敗したのか』 | 荒野に向かって、吼えない…

    トマス・パワーズ著 『なぜ、ナチスは原爆製造に失敗したのか  連合国が最も恐れた男・天才ハイゼンベルグの闘い』 第二次大戦末期、最も恐れらていた事態はナチス・ドイツアメリカに先駆けて原爆を完成させることだった。これは根拠のない被害妄想ではなかった。「ドイツではすでに核分裂が発見されていたし、ヨーロッパにある唯一のウラン鉱はドイツの支配下にあった。さらに一九四〇年五月にはノルウェーにある世界でたった一つの重水プラントがドイツ軍の手に落ちていたのである」。 そして何よりも、誰もが天才と認める世界屈指の物理学者、ウェルナー・ハイゼンベルクが、友人たちによるアメリカ等へ亡命するようにという再三に渡る懇願にも関わらず、ヒトラー政権下のドイツに残る選択をしていた。ハイゼンベルクを中心に核兵器の開発が行われているのだとすれば、脅威はさらに高まる。「開戦時には、ドイツに有利な条件がすべてそろっていた。有

    synonymous
    synonymous 2017/05/03
    祖国の負けに賭けるのも難しいことではあろうか。
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