客が途切れた夕方、店主の加藤浩志さん(57)が手を止めた。カツ丼も売り切れ、そろそろと考えていた。「のれん入れるか」。7月末、東京・早稲田の老舗そば屋「三朝庵(さんちょうあん)」が静かに歴史を閉じた。 ともに店を切り盛りした母が5月に体調を崩した。「従業員も70代。見かねたお客さんがお盆の上げ下げまで手伝うようになって」。5代目の浩志さんはそう語る。 1世紀以上を大学と歩んだ。都内でそば屋をしていた初代、朝治郎が明治後半、早稲田に新しい店を開いた。大学の創設者で地主だった大隈重信から「庵と付けるのがはやり」と助言され、三朝庵と名乗る。大学の百年史には「大隈は政界多忙の身ながら努めて学生の訪問を受け、必ずそばをふるまった。三朝庵が明治39年に『大隈家御用達』の看板を受けたのもこのそばが取り持つ縁」と残る。