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ブックマーク / note.com/wakusei2nduno (4)

  • 「リベラル壊滅後」に僕たちがやるべきこととやってはいけないこと|宇野常寛

    最初に言っておくけれど、僕は高市早苗はまったく支持しない。保守イデオロギーが強すぎる点、具体的には歴史認識や人権問題(僕は同性婚法制化も選択的夫婦別姓も賛成だ)について僕は特に彼女には批判的で、「円安ホクホク」的な経済政策についてもほとんど評価できない。中国への「挑発」も安直で不用意なもので、高市早苗は宰相の器ではないと強く感じる。 流れに乗って高市早苗支持を打ち出して自分を強い側に置きたいと思う人は多いと思うけど、どう考えても高市早苗に対するブレーキ役は必要なはずで、高市早苗は支持しないが他よりはマシだから投票すると言った見えすいた言い訳で、マジョリティからのポイントを稼ごうとするプレイヤーに僕は軽蔑しか感じない。 目の前の数字目当てに高市早苗側につく誘惑をきちんと立ち切って、かつ今回のリベラル崩壊を正面から受け止めて、ゼロから立て直していくことが必要なのではないかと僕は思う。 その上で

    「リベラル壊滅後」に僕たちがやるべきこととやってはいけないこと|宇野常寛
  • 「共同体」「関係性」を「なんとなくいいもの」と思考停止すると「地獄」が待っている|宇野常寛

    今日は「場所」について考えてみたい。昨年、僕の主催する研究会「庭プロジェクト」で、JR東海道線新駅の開設に伴う藤沢市と鎌倉市にまたがる村岡・深沢地区の再開発についてのリサーチを行ない、意見書を発表・提出した。誰でも閲覧できるように、PDFファイルを公開しているので、興味がある人はぜひ目を通して欲しい。 このリサーチの過程で僕が「実感」したのは、まず「市民」とは誰かということをちゃんと考えないといけないということだ。とりあえず「市民に開かれたらまちづくり」みたいな枕言葉はあらゆる土地で、最低限のアリバイ的に濫用されているわけなのだが、そういうケースで「手」として引用されがちな「成功例」の実態は、悪い意味で「意識が高い人たち」の集まりに閉じてしまっているケースが案外多い。経済的に豊かで、文化が高く、Facebookでソーシャルグッドなイベントへの参加を「報告」するのに余念がない人たちをエ

    「共同体」「関係性」を「なんとなくいいもの」と思考停止すると「地獄」が待っている|宇野常寛
  • 僕が「ウェルビーイング」という概念に批判的な理由|宇野常寛

    先日、僕の主催しているPLANETS Schoolで、占部まりさんと議論した。テーマは「これからの医療とコミュニティ」だ。占部さんは宇沢弘文の長女であり、宇沢経済学の「社会的共通資」という観点を交えながら医療とコモンズやウェルビーイングといった概念とのかかわりについての議論を展開してくれた。詳細はPLANETS Schoolの動画アーカイブを確認してほしいが、今日はそこから派生した別の議論について考えてみたい。 会員募集中です!そもそもの問題として、僕は「ウェルビーイング」という発想が実は苦手だ。もっと言ってしまえば、批判的ですらある。というのも、この「ウェルビーイング」という発想自体が、愚行権を軽視しているというか、「幸福」というものについて根的に取り違えてしまっているところがあるのではないかと、僕にはどうしても気になってしまうからだ。 この「ウェルビーイング」という発想はどこかで、

    僕が「ウェルビーイング」という概念に批判的な理由|宇野常寛
  • なぜこの10年で「中道左派」ぽい論客や政治家が次々と「右旋回」してしまったのか?|宇野常寛

    もう10年以上前になるが福島瑞穂さんたちと「リベラル再生会議」という連続イベントを開催していた。当時僕は石破茂さんと対談を出したばかりだったので節操がない、と怒られたのだが、よいシリーズだったと思う。と、いうかいろいろな立場の人と議論することの何が問題なのか、まったく分からない。 あれから10年以上経って、今僕はリベラルの側から「あいつは敵だ」と言われ、嫌がらせを受けている。僕はマイペースで政治と付き合って、いち市民として考えているだけなのだけどこの10年くらいで、リベラルの側から罵倒されることが当に増えた。 僕のほうはむしろ、政治的には安倍晋三政権に批判的だったために保守の側を批判するケースが増え、森友問題やアパホテルの歴史修正主義問題を追求したことでテレビ仕事も失ったりもした。しかし、同じくらい、あるいはそれ以上に「リベラル」から疎まれるようになった。 理由は単純で、この10年で

    なぜこの10年で「中道左派」ぽい論客や政治家が次々と「右旋回」してしまったのか?|宇野常寛
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