タグ

ブックマーク / nitar.hatenablog.com (48)

  • サマーウォーズ/監督:細田守/2009 - メタサブカル病

    中盤まではエヴァより良いかもと思ったけど、後半ヴァーチャル空間での戦闘シーンが多くてなかなかだるいですね。東映に戻ってドラゴンボールでも作るのかという勢い。結局のところ、十分に面白かったわけだけど。 『時かけ』もそうだけど、細田守の映画はキャラクター描写が少ないなあと感じます。所謂「属性」な要素も少ないし。自分はこのくらいの薄さが丁度良いと思うし、自分で何か描いてもこれ以下のキャラクターの希薄さになるのだけれど、常にこんなんでいいのかという不安を抱えています。そこで細田守の作品が指示を得られていることは安心を与えてくれるのですが…しかしこれが中盤までの映画だったらどうなるんでしょう。 まあろくに創作活動もしてないのに考えてもしょうがないか。

    サマーウォーズ/監督:細田守/2009 - メタサブカル病
  • 東浩紀×福嶋亮大「批評の技術、技術の文学」 - メタサブカル病

    東大の駒場で行われた東浩紀、福嶋亮大のトークイヴェントに行ってきました。申し込みが必須だった昨日のジュンク堂のトークショーとは異なり、事前予約不要だったので、暇さの推測が全くできない自分も行くことができました。 東工大の講義と同様にずっとメモっていたのですが、風の噂によるとこのトークイヴェントは別の形で活字化されるようなので、自分の書いたメモは闇に葬っても良さそうです。 内容は、技術によって批評がどう変容していくかみたいなところから始まって、日語で難しいことを語る事の難しさを通って、批評のわくわく感とか強度の話に。次の東さんの発言がハイライトでしょうか。 結局思想とか批評はメタ言語ではなく物として生き残る メタ視点は必要とされなくなる そもそも人間はメタ視点をとれない もともと虚構 みんなが虚構だとわかっている メディアも茶番そのもの それでも討論番組やらないといけないのかなとぼんやり思

    東浩紀×福嶋亮大「批評の技術、技術の文学」 - メタサブカル病
  • RIETI政策シンポジウム 大規模業務データから何を学ぶか - メタサブカル病

    某藤田ラルク動画で、バラバシの『新ネットワーク思考』が2000年代の理系の書物で一番優れていると語られていたので、生バラバシを見に行く。はまだ読んでないけど。 バラバシの話はおそらくの紹介程度の内容なんでしょうか。分かりやすかったです。しかし多くの人はそのまま英語で話を聞いているのに、自分はイヤホンで同時通訳を聞かなければ何も分かりません。自分がものすごく馬鹿なんじゃないかと思わされる瞬間。恥ずかしいなあ。 バラバシ以外では、東工大の先生が、ドラゴンボールの戦闘力が指数的に上昇している事に注目して、キャラクターの人気を保つには指数が重要なんじゃないかみたいなことを言っていて、微妙な笑いが漏れていました。能力が線形にインフレしていく漫画は人気を保てませんか…。ゲームだと、例えばドラクエのパラメータってわりと線形に近い上昇をする印象があるけれど、どうなのかなあ。ゲームの売り上げとパラメータ

    RIETI政策シンポジウム 大規模業務データから何を学ぶか - メタサブカル病
  • ゼロ年代批評night - メタサブカル病

    タグがlectureなのはどうかという感じですが、東さんの講義と同じようにレポうpします。録音とかしてないので正しくメモれているかわかりません。こんなこと言ってない!とかあったら指摘して下さい。 [筑井] 筑井です 今回のイベントは東浩紀のゼロアカ道場の門下生が集まって どんなことを批評の未来に考えているのかガチでバトル 改めて挨拶 筑井真奈です 集まってくれてありがとうございます 門下生と昼間さんにご協力いただいて開催の運びとなった 不手際もたのでお詫びさせていただきたい 盛り上げていきたいと思う 他4人登壇 藤田わざとらしくこける [坂上] はじめさせていただきます 2部構成 1部においてはゼロアカについて 2部はこれからの批評の未来についてアツい議論 自己紹介 坂上秋成 道場破りとして参加 公式サイトに顔写真すらない かわいそうな子 温かく見守ってほしい [やずや] こんばんは やず

    ゼロ年代批評night - メタサブカル病
  • 汐留 六本木 自由が丘 - メタサブカル病

    メタボリズム建築の象徴、黒川紀章の中銀カプセルタワービルに見学に行ってきました。とても素晴らしい立地なのでできれば住みたいものですが、取り壊されることが決定しており、それはいつになるかわかりません。不安定な状況です。 下から。 11階のエレベータ前。 扉。 部屋の中。 窓の外。某社ビルが見えます。 1階の郵便受け。なかなか格好良い。 中銀カプセルタワービルといえば、テレビ、電話、エアコン等がセットになった宇宙船のような設備を思い浮かべると思うのですが、それはほとんど全ての部屋から撤去されているようです。1階の外れに置いてあるカプセルには当時の状態が保存されており、窓からその様子を見ることができますが、中に入ることは残念ながらできません。 一緒に見学に行ったuemuuraさんとid:noir_kとカレッタ汐留の都路里でパフェをべる。都路里は「つじり」と読むらしいけど自分には「とろり」に読め

    汐留 六本木 自由が丘 - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第13回(1/23) - メタサブカル病

    今年度最後の講義録です。来年からは自分もまとも社会人になるので、講義録をうpし続ける環境とモチヴェーションはないかもしれません。従って、はてなアンテナやRSSリーダの登録は外され、多くの人がこのブログの読者ではなくなるでしょう。でも頑張って生きる。 12分遅れ どうもこんにちは レポート提出の概要、 シンポジウムのチラシ、 今日使うプリント、 授業調査のアンケート用紙 をここに置く アンケート用紙は、あまりにも人数が少ないと僕は授業やってるのか?ということになるので、 授業取ってる人は書いてください 結構厳密 僕が回収してはいけないということになっている 藤田君に回収してもらう 今回の授業一体何をやってきたか この世界において、 みんなが共通して分かり合う公共性みたいな概念が、 如何に成立が難しいかと言う話を延々とやってきた それだけでは「ポストモダンと情報社会」というタイトルとしてはアレ

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第13回(1/23) - メタサブカル病
  • シンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」 - メタサブカル病

    東工大の講堂で行われたシンポジウム。東浩紀「ポストモダンと情報社会」を履修している人間は聴きに行かなければならないようなので聴きに行く…わけがなくてそもそも自分は履修していない。しかしそれでも聴きに行きます。 というのは昨年のシンポジウムの時の日記に書いたことです。 昨年のシンポジウムで東工大の講堂が満員だったのだから、浅田彰、磯崎新、宮台真司という顔ぶれで満員にならないわけがなく、主催者側は一体どういうつもりだったのか謎です。まあ一応中継システムもあったようだけれど、東工大は、講堂も狭いし体育館も卒業生を全員入れるキャパすらない微妙な大学なのです。まあ良い所もありますが! 南2とか。 昨年とは違い、質問の時間はありませんでした。こうしたところでなされる質問は退屈で生産的ではないかもしれませんが、個人的には、どういうわけでこんなところに紛れ込んでるんだこの人は、みたいな人の質問を聴くのは結

    シンポジウム「アーキテクチャと思考の場所」 - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第12回(1/9) - メタサブカル病

    ようやく更新。もはや日記の日付に何の意味もありませんが! どうもあけましておめでとうございます 今年もよろしく 今年の授業が今日入れてあと2回しかない 今日が9日 16日がセンター試験の前日で休み 次が23日 30日はシンポジウムの振り替えでなくなる あと2回しかないことに授業の直前に気づいたので、 レポートの提出概要を配らなければならないがそれを忘れた 4000字くらい 2月の真ん中くらい 今期の授業は非常にイレギュラーなので、テーマは自由 あなたの考える現代社会と哲学 それさえ触れていれば、あらゆる点で自由 採点はちゃんとやる テーマに沿ったレポートはつまらないので自由に書いてください 100点とか1人くらいは出してる 参考文献とかくっ付けたりしてください レポートっぽく論理的っぽく 来週にもちゃんと告知する - 歴史認識問題で寄り道をしているうちに残り2回 まだ引っ張るのかと思うかも

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第12回(1/9) - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第11回(12/19) - メタサブカル病

    …いないですね 良かった とても良かった 今日はちょっと大変風邪気味なので、マイクを付けさせてもらいます では授業を始めましょう 今日はプリントなどない 最近、大澤真幸さんと北田暁大さんの対談歴史の〈はじまり〉』を読んだ 非常に奇遇、面白い 歴史認識問題が第3章で問題になっている 今まで授業で喋っていた事とすごく似ている話をしている 歴史というのは相対的 歴史構築主義という立場 もともと左派 ナショナリズムは幻想なんだ そういう立場を利用して、良いヒストリーを作ろう、というのが90年代の日 ストーリーなんだったら右翼の輝かしい物語で良いじゃないか それに対して更に左翼が批判しなければならない状態 昔みたいな歴史構築主義ではダメだ 全ては物語だ、という立場 いやいやいや、という立場 この対立 2000年代の頭くらいにあった 『靖国問題』で有名な高橋哲哉さん 『歴史/修正主義』という

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第11回(12/19) - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第10回(12/12) - メタサブカル病

    さて なぜこんなことになってしまったのか僕もさっぱりわからない 来週とかにひきずらなければいいけど まあやりましょうか 結局この授業で何を言い続けているのか 公的なものと私的なものの境界 政治的なものと非政治的なものの境界 そういう境界がポストモダンにおいてはどういうふうになるのか 『リアルのゆくえ』が出発点 僕と大塚さんは話が合わない 公共性をどう捉えるかというところ 大塚さんはある信念を持って人々を啓蒙する 自分は正しいと思っていることを人に伝わると信じて言う それが公共的 僕はそうではない さまざまな意見がぶつかり合う 公共的というのは、ある特定の意見を言うことではない ある特定の意見がヘゲモニーを握らない 絶対的な真実が無いまま議論が続く それが公共性 大塚さんはそれはシニシズムだという 自分が正しいと信じることを人に言えないのであれば、 それは公共的でもないし、そんな奴は批評家で

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第10回(12/12) - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第6回の補足 - メタサブカル病

    デリダが歴史修正主義を容認したかどうかということが少しだけ話題になっていたようなので、その部分について録音を聴いてわりと正確に書き起こしてみました。自分の講義録が元で誤解を生んだのであれば申し訳ないなあと思っていたのですが、正直なところ、元の講義録と意味は大して変わらないと思います。つまりもともとの講義録はかなり言葉足らずなところがあったとはいえ、そこからデリダが「歴史修正主義を正当化ないし容認」したと読むのはかなり恣意的なんじゃないかと。 僕のその発言がどこで出てきているか、というと、 もともと僕はジャック・デリダをやっていたんですね 僕の指導教官は高橋哲哉さんという人 高橋哲哉さんはおそらく皆さんはデリダ研究者というより 靖国問題に関する専門家として知っていると思うんですが、 僕の考えでは、 やっぱりデリダというものを一回通ってしまうと、 そんなに歴史的真実とか言えなくなるはずなんです

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第6回の補足 - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第9回(12/5) - メタサブカル病

    どうも 授業を始めます 例によってプリントを待っている 今日はちょっとプリントが多く時間がかかるので雑談もしない 当は今ドゥルーズの「管理社会について」の一部を読んでいることになっていた しかし予定を変更して、 ブログとかで問題になっていると風の噂で聞いた歴史修正主義その他に関して話す 例外版 「ポストモダンと情報社会」とは関係ない 基的に僕が展開している主張はきわめてシンプル まず第一に僕の立場を明確にすると、 私的には南京事件はあったと思う 南京事件はこの際例に過ぎない、なんでもいい 数十万ではないだろうけど、数万規模であったと思う 専門家でもないのでこれ以上は言及しない ブログを見てもぐっている人居る? …居ない なら構いません 二番目 公的な信念としては、こう思う 1、 南京虐殺があると断言する人 ないと断言する人 かなりのボリュームでいる まずこれは事実 2、 ポストモダン系

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第9回(12/5) - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第8回(11/28) - メタサブカル病

    どうも遅れてすみません 例によって後でプリントが来るのでそれを待つ--プリントが来ないので授業をする 今回はテキストを読むぞ系でやっていた オタクにとって公共性とは何か 動物化とは何か ハンナ・アーレント、斎藤純一氏の一部のを読んでいた 斎藤純一氏が読むアーレントの公共性の定義 ・現われの空間 表象の空間、固有名として尊重される空間 ・世界への関心 共通世界 この2つが公共性を定義付ける 「現われの空間」は匿名性の空間に近い だったら2chの名無しの空間がもっとも公共的になるのでは 絶対的な真実は無い いつまでも議論が続く だったら南京大虐殺はなかったという話も認めることになる もし斎藤氏の定義に基づくならそうなる 認めないなら別の要素が必要 南京大虐殺については あったという奴、なかったという奴、 それを併せ持つ形で設計されなければならない 僕はあったと思う、と何回も言ってるけどみんな

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第8回(11/28) - メタサブカル病
  • [lecture]東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第7回(11/21) - 2008-11-21 - メタサブカル病

    どうも 遅れてすいません この前の授業でも言ったけど、今度「思想地図」でシンポジウムをやる 「アーキテクチャと思考の場所」1月28日 17:30〜20:30 タイトルが変わった シンポジウムの広告を出さなさなければいけないので、 浅田彰の肩書きをどうするか相談していた 浅田さんにメールを送ったら、「なし、敢えて言うなら批評家」という返事が来た そんな話し合いをしていた - フーコーの話をしていた 田村哲樹『熟議の理由』 僕と似たような年の政治学者 公共性の問題について話をしている 別の角度から議論 補助線を引いてみたい ゼロアカ系現代思想 今度思想地図にも書いてもらう どんなことを言っているか 政治学の世界では ・熟議民主主義 一生懸命話し合おう ・闘技民主主義 民主主義は戦いだ という考え方がある 熟議民主主義の擁護 それが成立する条件について書かれている 北田暁大『責任と正義』への応答

    [lecture]東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第7回(11/21) - 2008-11-21 - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第6回(11/14) - メタサブカル病

    どうもこんにちは 今日も例によってプリントがある 後から来る 去る日曜日の文学フリマの後、 2chでめちゃめちゃ叩かれている になってブログをやめる寸前までいっている 2chごときでになっているわけではなく別の原因がある 大きな物語がなくなると批評は蛸壺化する 好きなことしか語らなくなる そこではお祭りによって繋がる 祭り空間、コミュニケーションのプラットフォームの上に乗った島宇宙 プラットフォームにしか全体性とか大衆性はない 2chはプラットフォームに過ぎない それぞれのスレッドは横の繋がりがない 横の繋がりがあるとすれば、2ch語 『アーキテクチャの生態系』にそういうことを書かれている よく出来ている 濱野智史さん 28歳くらいの若い研究者 2chとかニコニコ動画から日社会論 2chは島宇宙化した ニュー速の住民が東スレに来ても少数 2chのアイデンティティはどうやって作るか そ

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第6回(11/14) - メタサブカル病
  • 2008-11-11

    健康の設計 (ル・コミックス) 作者: 駕籠真太郎出版社/メーカー: 東京三世社発売日: 2003/03/28メディア: コミック クリック: 2回この商品を含むブログ (3件) を見る 電波でとても素晴らしい短編集です。特に「三級片宿命之恋」「喜劇駅前虐殺」「歌う狸御殿」の3作の完全に先の読めない展開と混沌を極めたコマのリズムは斬新な体験でした。シリーズものとしての駅前シリーズは、面白いながらも、自分でも頑張れば描けるのではないかという期待を抱かせるのですが、こちらの短編は半端じゃない。 人体切断断面ネタなどの他の短編も概ねよく出来ていて楽しめますが、ただ「喜劇極東怪異譚」は人を不安に陥れない健康的なギャグ漫画で、こういうのはそんなに好きではないかなあ。 電通 (1984年) 作者: 田原総一朗出版社/メーカー: 朝日新聞社発売日: 1984/01メディア: ?購入: 1人 クリック:

    2008-11-11
    tokada
    tokada 2008/11/17
    へぇ
  • 2008-11-09

    文学フリマでした。勿論目当てはゼロアカ道場の同人誌です。自分も1ページ漫画を描いてますからね。 朝早く行った方が楽しそうなのは明らかでしたが、しかし寝たのは朝7時半。起きたのは11時半。というわけで2chで点数の結果を見ることから日の活動は始まりました。 自分の寄稿しているやずや・ミツノチームの「ケフィア」は東・太田点のいずれもトップということで、ホッとしました。自分の漫画の影響なんてほぼないだろうけども、心情的にも立場的にも応援せざるを得ない。例えばやずやさんのチームはかつて「サブカルチーム」と呼ばれていたけれど、このブログの名前は「メタサブカル病」。やずやさんや自分がサブカルかどうかはともかくサブカルはサブカル。点数が高かったことによる問題もあって、それは自分が文学フリマ会場に辿り着いた時には既に「ケフィア」は売り切れて買えなかったということです! 寄稿者ということで、打ち上げにも紛

    2008-11-09
  • 2008-11-07

    引用部分を写経するのが一番面倒な作業だということが分かってきました。 こんにちは 後でプリントを配る それまでなんとなく雑談 てきとうにいく 今日は5回目くらいで一番たるんでくる頃 あんまり授業とかしたくなけどしょうがないからやる プリントがないと話もない 知ってる人は知ってると思うけどゼロアカ道場というのをやっている 批評家育成道場 最初50人くらい どんどん減っていく 最後残った1人に1万部のを出させる 1万部というのは結構すごくて印税で150万円くらい 明後日文学フリマ 秋葉原で年に一回行われる 10人を2人ずつ5チームに分けて同人誌を作らせて 点数と売り上げで高い3組が抜ける 一部で異様に盛り上がっている どう盛り上がっているかというと、ニコニコをみるとわかる 評論とは何だろう ふつうは作品があって、作品について批評するという感覚がある 文学が好きだから文学について批評 美術作品

    2008-11-07
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第4回(10/31) - メタサブカル病

    教室で、ゼロアカ第四関門まとめ記事を書いているid:noir_k氏に「やずや・三ツ野チームの同人誌でマンガを描いているのはid:nitarで間違いないのか」という旨を聞かれました。それは間違いありません! というわけで、『ケフィア』(目次はこちら)という同人誌に、「論者ハッタリたん」という1ページの愉快な漫画を描きました。これは11月9日に秋葉原で行われる文学フリマで500円で売られるものです。ブースはB-68です。文学フリマには自分も行くと思います。なお11月8日で25歳になります。この年齢には愕然としますが、おそらく自分は、さすがに10年後には偉大なクリエイターか何かになっていると思われるので、常識的に考えればこのはとても貴重なものとなるでしょう。やずやさんを始めとして、この同人誌に関わっている方々の多くも同様だと思うのだけど、それは言うまでもないことで、まあつまり、よろしくお願いし

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第4回(10/31) - メタサブカル病
  • 東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第3回(10/17) - メタサブカル病

    どうもこんにちは 今日もプリントがある 今コピーしてもらっている 授業がネットにアップされるという状況から逃れられると思ったんですが、 ICレコーダで録音していたらしく、 人がいなくてもアップされる ひどいもんだ 毎年同じことをやれと言われているからやる気がなくなるのだということが分かった この際あまり考えず毎年新しい講義をするのがいい 昨年まではポストモダンとは何かという話から、如何にも教科書的なことをやっていたが 今回は軽めでいく 『リアルのゆくえ』の話から入って、動物化と公共性の話 動物化 コジェーヴの仕事から引いている コジェーヴも味わい深いから読んでみよう、というのが前回まで - 『動物化するポストモダン』では大澤真幸さんの話と絡めて話をしているから 大澤さんの文章を読んでみたい プリントが来ないので、まず大雑把な話 ・日的スノビズム ・アメリカ的動物 2つのポスト歴史の可能

    東浩紀「ポストモダンと情報社会」2008年度第3回(10/17) - メタサブカル病