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富士山に関するtweakkのブックマーク (4)

  • 鷹丸尾溶岩の大露頭(山中湖) 訪問記 - 弁護士永野海〈防災いろとりどり〉

    山中湖の西岸には、富士山から流れてきた溶岩の東端の大露頭があります。 鷹丸尾(たかまるび)溶岩といって、800年または937年の富士山の噴火時に流れてきた溶岩です。 このように富士山から流れてきた大量の溶岩は、西から東に流れ、東端は、山中湖の湖畔の手前でとまりました。 その溶岩の流れが止まった東端が大きく露頭しているのです。 先端が突き出た様は、なかなかの迫力です。 現在、富士山の東側には、山中湖があり、その北側には有名な忍野八海があります。 この800年または937年の富士山の大噴火前には、山中湖は現在の忍野八海までを含んだとても大きな湖だったという考え方があります。宇津湖と呼ばれています。 この宇津湖(もっともっと遡ればこの辺りは「海」でしたが・・・)と鷹丸尾溶岩流との関係には、諸説あるようです。 一説では、800年の富士山の噴火による溶岩流出の際に、この宇津湖が分断され、忍野湖と山中

    鷹丸尾溶岩の大露頭(山中湖) 訪問記 - 弁護士永野海〈防災いろとりどり〉
  • ついに撮った!京都からの富士山

    の山岳展望史上、最大の課題であった京都府からの富士山が、ついに撮影されました。 理論上は見えることがわかっていても(こちら参照)、現地の状況、気象条件などから、撮影は不可能と思われていました。 それが、この間、様々な富士山に関する遠望写真の記録を塗り替えてこられた(こちら参照)、奈良県の住職 新林正真さんがついに撮影されました。 以下、ご人から送って頂いた写真をご紹介し、富士山であることを説明いたします。

    ついに撮った!京都からの富士山
  • 富士山延暦噴火の謎と『宮下文書』

    現代火山学から見た『宮下文書』噴火記述の信憑性 小山真人(静岡大学教育学部総合科学教室) 1.はじめに 富士山には,かつて歴史時代の3大噴火として数えられた噴火がある.それらは古い順に,延暦19~21年(西暦800~802年),貞観6年(864年),宝永4年(1707年)の噴火である. このうち宝永噴火は富士山南東山腹で起きた大規模かつ爆発的な噴火であり,多数の目撃記録が現存する.貞観噴火では,北西斜面で流出した大量の溶岩(青木ヶ原溶岩)が当時あった湖を埋めた結果,現在の富士五湖のうちの3湖(栖湖,精進湖,西湖)が現在の形となった経緯が詳しく調査されている.宝永噴火と貞観噴火は,噴出したマグマ量も詳しく推定されており,歴史時代において文字通り1,2を争う規模の噴火であったことに間違いはない.ところが,3つめの延暦噴火だけは,火口位置,噴火推移,噴火規模などの詳細がほとんどわかっていなかっ

  • 氷穴の江ノ島伝説! | 富士山の洞窟 天然記念物 富岳風穴・鳴沢氷穴 | 富士山・河口湖 洞窟 観光スポット

    鳴沢氷穴内部には、地獄穴があり(地獄といっても天国地獄の地獄ではなく、水が吸い込まれる穴のことです)どこまで続いているのかわからない為、伝説によると相模湾にある 江ノ島の洞窟に抜けられると伝えられています。 また、江ノ島にある洞窟では富士の麓の洞窟に続いていると云われています。 いつの日か江ノ島のサーファーが流れ着くことで、この伝説が実証されることを楽しみにしています。

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