山中湖の西岸には、富士山から流れてきた溶岩の東端の大露頭があります。 鷹丸尾(たかまるび)溶岩といって、800年または937年の富士山の噴火時に流れてきた溶岩です。 このように富士山から流れてきた大量の溶岩は、西から東に流れ、東端は、山中湖の湖畔の手前でとまりました。 その溶岩の流れが止まった東端が大きく露頭しているのです。 先端が突き出た様は、なかなかの迫力です。 現在、富士山の東側には、山中湖があり、その北側には有名な忍野八海があります。 この800年または937年の富士山の大噴火前には、山中湖は現在の忍野八海までを含んだとても大きな湖だったという考え方があります。宇津湖と呼ばれています。 この宇津湖(もっともっと遡ればこの辺りは「海」でしたが・・・)と鷹丸尾溶岩流との関係には、諸説あるようです。 一説では、800年の富士山の噴火による溶岩流出の際に、この宇津湖が分断され、忍野湖と山中
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