1904年(明治37年)、2代目の野村清次郎が、仏縁により[7]、会社を設立した因縁を思い、乳母の役をする牛乳の「チチ」と、父の名前の「保」を読み換えた「ヤス」を合わせ[3][5][7]、「チチヤス」と命名し[2][3]、「チチヤス」の初代社長になった[5][7]。創業者・野村保が会長になり、次男・顕が搾乳・牧畜担当、四男・観と五男・真一が販売を担当する同族経営だった[7]。 同年、新天地を求め、現在の廿日市市対厳山に移転[7]。40ヘクタールの山林を開墾し、ここに壮大な果樹園(清果園)と牧場を創った[7]。果樹園には、桃、梅、柑橘などを栽培し、飼料と肥料の自給を図り、多角経営に乗り出した。また果樹園を訪れる人たちに牛乳をふるまい、普及を図るアイデアだった[7]。果樹園はチチヤスハイパークの前身で[7]、梅や桃、桜の花見は、広島地方の名所の一つになり、花見の宴が催された[7]。 ヨーグルト