議員になったのは平成元年 ©共同通信社 政府による緊急事態宣言発令の行方に関心が高まっていた4月2日、日本維新の会の谷畑孝衆院議員(73)がひっそりと国政から姿を消した。 「4月1日に辞職願を提出したのですが、維新側はその理由を『体調不良』とだけ説明。谷畑氏は1年以上登院しておらず、重病説も飛び交いましたが、側近らは『少し物忘れがある程度で心配ない』とその度に打ち消していました。ただ、大阪で入院生活を送っていることは確かで、闘病のせいか、かなり痩せてはいるそうです」(維新関係者) 谷畑氏は1989年の参院選で旧社会党公認として大阪府選挙区から出馬し、トップ当選。96年に自民党に移り、衆院議員に鞍替えして8回の当選を果たしたベテランだが、彼の政治活動の歩みは、部落解放同盟の“ドン”と言われた上田卓三元衆院議員の存在を抜きには語れない。 「谷畑氏は上田氏の元秘書で、部落解放同盟の推薦を受けて政