-昨年秋の胆振東部地震での対応が話題になった 我々は茨城県にも店舗がいくつもあるのだが、2011年の東日本大震災のときに、震災後最も早く店を開いた。北海道は当時、被害が少なかったから、まず水を現地に迅速に送った。当時は一時期、ガスが使えず電気は使用できたので、電気で賄えることをやった。 昨年の場合は、電気が使えなかった。一方、元々お米はガス釜で炊いていたので、おにぎりは作れた。具材も海苔もなかったら「塩むすびにしよう」と決めた。東日本大震災後に作成したマニュアルには、具材がない場合「ごま塩で握りましょう」と書いてある。そこで、胆振東部地震のときに「でかい塩むすび1個170円」として売った。多くの反応を頂いた。「こんな真っ暗闇の中、温かいものが食べられた」と感謝の声。ツイッターの書き込みもすごい数だった。 -マニュアル化が功を奏した 2011年(東日本大震災)を経てマニュアル化できたことがよ
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