奈良県明日香村の牽牛塚古墳は、宮内庁から指定された天皇陵ではない。したがって発掘、学術研究OKなのである。今日の新聞に「斉明天皇陵と特定」と報道された。その証拠は平面が8角形でできていることである。 斉明や古墳に強い関心を持つに至ったのは、いずれも拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』を書く上で、主要な素材になったからである。今日は、予定を変更しこのテーマにする。 さて、詳細は本ブログのカテゴリ「歴史」や「天智天皇」シリーズに譲るとして、なぜ8角形か、から説明したい。 女帝斉明は、早く死に別れた夫・舒明天皇の墓を、それまで続いていた前方後円墳や巨大古墳からこじんまりした8角形に変えた。それは、帝王にだけ許される形という、中国政治思想をしっかり学んだ中大兄皇子(天智天皇)のアドバイスに違いない。 以後、天智、天武・持統陵いずれも8角形であるが、宮内庁は別の円墳を斉明陵に指定していた。今回報