DIC川村記念美術館の休館から考える、「社会資本」としての美術館DIC株式会社が、同社運営のDIC川村記念美術館の休館を決めたことが大きな波紋を呼んでいる。企業美術館を維持するために必要なこととは? 文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)
DIC川村記念美術館の休館から考える、「社会資本」としての美術館DIC株式会社が、同社運営のDIC川村記念美術館の休館を決めたことが大きな波紋を呼んでいる。企業美術館を維持するために必要なこととは? 文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)
DIC株式会社が、運営するDIC川村記念美術館の休館を決めたことについて、佐倉市が同市での存続を求める署名活動を開始した。 市は「DIC川村記念美術館は、世界的に貴重な作品を数多く所蔵する国内屈指の美術館であるとともに、芸術・自然・建築が高いレベルで調和するひとつの『作品』」としたうえで、「移転・閉館といった運営方法の見直しは、我が国の文化芸術の普及・発展にとって大きな損失」と訴えている。 担当しているのは佐倉市の魅力推進部文化課を事務局とする「DIC川村記念美術館の佐倉市での存続を求める会」。オンラインと窓口提出および郵送にて9月30日まで募っており、ウェブサイトでは現在の署名数も表示されている。 なお、本件に関してはコレクションの国外流出を憂慮する声もあり、実業家でアートコレクターの前澤友作氏も「もしコレクションを売却するという方向なら、数々の名作が日本から出ないように、まずは日本の買
前澤友作、DIC川村記念美術館休館に「できることがあれば協力したい」実業家でアートコレクターとしても知られる前澤友作氏が、休館が決定したDIC川村記念美術館に言及した。 2025年1月下旬からの休館が決定したDIC川村記念美術館について、実業家でアートコレクターの前澤友作氏が言及した。 前澤氏は2018年、同館が旧蔵していた長谷川等伯筆の《烏鷺図屏風(うろずびょうぶ)》を収蔵した過去がある。同作は少なくとも1605年以降に制作されたも等伯晩年期の代表作で、1969年には国の重要文化財に指定。DIC川村記念美術館のコレクションとして親しまれてきたが、同館日本画展示の終了に伴い譲渡された。 前澤氏はXを通じて引用リポストのかたちで「長谷川等伯の烏鷺図屏風については、約3年ほどかけてクリーニング及び一部修復作業中でしたが、先日無事に手元に戻ってきました。当作品は国が指定する重要文化財ですので、何
運営元の株式会社DICより、東京への移転や美術館業務からの撤退を検討するための休館が発表されたDIC川村記念美術館。同館所在地である千葉県の千県知事や佐倉市の市長が同館の休館についてコメントした。 千葉県知事の熊谷俊人は8月29日の記者会見で、同館を「所蔵品も庭園も素晴らしい」「ちば文化資産にも選定されている」と評価したうえで「千葉の芸術振興において果たしてきた役割は非常に大きい」と述べた。また、今年3月に発表した「千葉県立美術館活性化基本構想」では、県立美術館と連携していく県内の美術館として期待していたことも踏まえ「移転や閉館は大きな損失」と語った。 佐倉市の西田三十五市長は28日にDIC川村記念美術館より、休館について直接説明を受けたことを市のウェブサイトで公表。同館について「全国的にも評価の高く、大変魅力ある美術館」「佐倉市の文化振興や地域の活性化にご貢献いただいている」としたうえで
DIC川村記念美術館が休館へ。美術館運営の位置づけを再検討DIC川村記念美術館を運営するDIC株式会社が、美術館運営の位置づけを再検討。2025年1月下旬からの休館を決定した。 DIC川村記念美術館 DIC株式会社(以下、DIC)が運営する千葉・佐倉市のDIC川村記念美術館が、2025年1月下旬から休館することを決定した。 DICは同館とコレクションを保有資産という観点から見た場合、資本効率という側面においては必ずしも有効活用されていないと評価。資本効率の改善を経営課題として掲げる同社としては、社会的価値と経済的価値の両面から、美術館運営の位置づけを再検討すべき時期にあると結論づけ、外部の視点から同社取締役会への助言を得るための「価値共創委員会」を設立したうえで議論してきた。その結果をまとめた委員会から同社取締役会への助言内容が、8月9日開催の同取社締役会において提出された。 価値共創委員
奈良県知事の収蔵品廃棄発言と、その背景にある本当に考えなければならないこと7月10日、奈良県立民俗博物館における収蔵品保管施設の問題について、同県知事による「明確なルールを決めたうえで、価値のあるものだけ残してそれ以外は廃棄処分することも含め検討せざるを得ない」といった発言が物議を醸している。民俗資料を保存することの意義や、その難しさについて民俗学者・加藤幸治が論じる。 文=加藤幸治(民俗学者・武蔵野美術大学 教授) 2012年に開催された「文化財レスキュー展」(せんだいメディアテーク、監修=加藤幸治)の様子。東日本大震災の被害からレスキューされた民俗資料を一堂に展示した企画。地域に根付く文化財の重要性を伝えた一例 撮影=加藤幸治 アノニマスな造形としての民具 人間が生活の必要から生み出した道具や器物を、民具と呼ぶ。 民具の造形的な意義は、「デザイナーなしのデザイン」の一言に尽きる。身近な
建築家・白井晟一設計の個人住宅「桂花の舎」が江之浦測候所に移築へ建築家・白井晟一が晩年に設計した個人住宅のひとつである「桂花の舎(けいかのいえ)」。これを小田原文化財団 江之浦測候所のある「甘橘山」に移築するプロジェクトが始まった。 桂花の舎 Photo by Yasushi Ichikawa 渋谷区立松濤美術館などの設計で知られる建築家・白井晟一が晩年に設計した個人住宅のひとつ「桂花の舎(けいかのいえ)」。これが杉本博司による小田原文化財団 江之浦測候所に移築される。 桂花の舎は、大和市・中央林間に建てられたもの。白井はこの家の完成を待たずに1983年に逝去したため、白井晟一研究所に引き継がれ、竣工した。施主は画家で、デザインや予算などに一切制限を設けないという条件で設計されており、随所に使われている栗材などにその痕跡が見られるという。この建築はその後、地区の宅地開発によって解体の危機に
「ゲバルト」展が東京日仏学院などで開催。反暴力的反応とその美的様式を探るゲバルト団体(アレクサンドル・タルバ、平居香子、宮内芽依、アントワーヌ・ハルプク、ガーリン)の主宰により、反暴力的反応とその美的様式を探る展覧会 「ゲバルト」展が、東京日仏学院、CAVE-AYUMI GALLERY、セッションハウスで開催される。会期は5月18日〜6月16日。 制度の暴力のなかで特定の芸術形態がどのように発展していくのかを示そうとする展覧会「ゲバルト」展が、東京日仏学院、CAVE-AYUMI GALLERY、セッションハウスで開催される。会期は5月18日〜6月16日。キュレーターはアレクサンドル・タルバ。 本展を主宰するのはゲバルト団体(アレクサンドル・タルバ、平居香子、宮内芽依、アントワーヌ・ハルプク、ガーリン)。2023年5月に東京で設立された芸術的・政治的団体であり、キュレーション集団として構想さ
「見える収蔵庫」が宮城県美術館に誕生へ。2025年度のリニューアルオープン目指す2025年度中のリニューアルオープンを予定している宮城県美術館。注目は国内でも珍しい「見える収蔵庫」だ。 宮城県美術館「ヴィジブル・ストレージ」のイメージ図 提供=宮城県 1981年に開館した宮城県美術館が、2025年度中のリニューアルオープンに向けて改修を進めている。 同館は近代建築の巨匠・前川國男によるモダニズム建築だが、開館から35年が経過し、施設や設備の老朽化が著しく進行していた。そんななか、リニューアルの方向性について示した「宮城県美術館リニューアル基本構想」を2017年3月に、リニューアルの実現に向けて具体的内容を示す「宮城県美術館リニューアル基本方針」を18年3月に策定。19年には移転案も出たが、その後、現存の美術館を改修する方向が固まった。 今回のリニューアルで大きな注目は、収蔵品を可視化する「
専門ミュージアムに行ってみよう。第1回「絶滅メディア博物館」日本には専門的な分野を扱う美術館や博物館が数多くある。各館の展示内容とともに、設立秘話やコレクションにかける思いなどをシリーズで紹介する。 文=浦島茂世 展示風景より 2023年1月、大手町に一風変わった私設博物館が開館した。その名は「絶滅メディア博物館」。館内には8mmフィルムカメラ、ビデオカメラ、フロッピーディスク、携帯電話やPHS、カセットプレーヤーなど、かつてはポピュラーだったものの、いまでは使われることがほぼなくなったメディア機器がジャンルごとに整然と並ぶ。都心の一等地になぜこの博物館が生まれたのだろうか? あまりふり向かれない「絶滅メディア」専門の博物館 絶滅メディア博物館は大手町と神田のあいだ、東京都千代田区内神田に位置する。この博物館はその名が示す通り、絶滅、あるいはほぼ絶滅に近い状態のメディア機器を収集・保管・展
伊藤若冲の新発見。絵巻《果蔬図巻》を福田美術館が公開京都・嵐山にある福田美術館が、新たに発見された伊藤若冲による絵巻を初公開した。 文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 新たに発見・収蔵された伊藤若冲《果蔬図巻》(1791) 今年開館5年を迎える京都・嵐山の福田美術館が、伊藤若冲作(1716~1800)の新発見の絵巻を披露した。 伊藤若冲は言わずと知れた江戸時代の絵師。京都の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、裕福な環境のもと、独学で作品を制作した。その作風は細部まで描き込まれたものが多く、極彩色で彩られた絹本着色の作品や、即興的な筆遣いとユーモラスな表現が特徴の水彩画は、日本美術史上でも異彩を放つ。 今回披露された作品は1791年、若冲が76歳のときに描いた全長277センチ(跋文を加えると332センチ)あまりの絵巻で、《果蔬図巻(かそずかん)》と名付けられた。若冲としては珍し
金沢21世紀美術館で天井のガラス板が落下。能登半島地震で被災1月1日に石川県能登地方で最大震度7を観測した「令和6年能登半島地震」で、金沢21世紀美術館が大きな被害を受けたことがわかった。 部分的に落下した天井 提供=金沢21世紀美術館 1月1日に石川県能登地方で最大震度7を観測した「令和6年能登半島地震」で、金沢21世紀美術館が大きな被害を受けたことがわかった。 金沢21世紀美術館は妹島和世と西沢立衛からなるSANAAが手がけた建築として知られており、円のかたちをしたガラス張りの平屋建築。展示室の天井にもガラス板が使用されており、これが空間に明るさと開放感をもらたしているが、今回はこのガラス板が地震によって部分的に剥がれ落ちた。金沢市文化政策課によると、ガラス板が剥落したのは2~3つの展示室。修復は当面先になるという。 震災前の金沢21世紀美術館の展示室。「DXP(デジタル・トランスフォ
解体された中銀カプセルタワービルのカプセル。サンフランシスコ近代美術館が収蔵へ黒川紀章建築の名作として知られていたものの、2022年に解体された銀座の「中銀カプセルタワービル」。そのカプセルの1基をサンフランシスコ近代美術館が取得した。 中銀カプセルタワービル 建築家・黒川紀章の代表作「中銀カプセルタワービル」。メタボリズム(新陳代謝)思想の建築として愛されてきたものの、昨年の4月に解体されたこのビルのカプセルのひとつを、サンフランシスコ近代美術館が取得した。 サンフランシスコ近代美術館 photo:Jon McNeal © Snøhetta 「中銀カプセルタワービル」は、古くなったカプセル(部屋)を交換することで半永久的に使用できる建物として設計されており、各カプセルは取り外すことを想定している。保存派オーナーと住人が中心となった「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」は、解体後
博物館の持続可能性とウェルビーイングを考える。日本博物館協会とICOM日本委員会がシンポ「国際博物館の日」(5月18日)にあわせ、5月21日に国立科学博物館で開催された国際博物館の日シンポジウム。「博物館と持続可能性,ウェルビーイング」をテーマに行われた今回のシンポジウムで語られたこととは? 文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 国立科学博物館で行われたシンポジウムの様子 博物館はウェルビーイングに寄与できるのか? 毎年5月18日の「国際博物館の日」。これは博物館が社会に果たす役割を広く普及啓発することを目的として、ICOM(国際博物館会議:世界各地の美術館・博物館関係者4万人以上が加盟する、世界で唯一のグローバルな博物館組織)によって1977年に制定されたものだ。この国際博物館の日を記念し、ICOM日本委員会は5月21日に国立科学博物館で国際博物館の日シンポジウムを開催した。 今年
大阪のIR、奈良美智らの作品を無断使用か。「許可自体を求められたこともない」国が認定した大阪のカジノを含むIR(統合型リゾート)施設。この広報用資料で奈良美智や村上隆らの作品が使用されており、作家から抗議の声が上がっている。 MGMリゾーツのウェブサイトより 出典=https://www.mgmresorts.co.jp/news/1107/ 国が認定した日本初のIR「大阪・夢洲地区特定複合観光施設区域整備計画」。この広報資料が物議を醸している。 このIRはオリックス株式会社と合同会社日本MGMリゾーツとが共同投資する大阪IR株式会社が推進するもの。この資料のなかで、送客施設「関西ツーリズムセンター」のイメージ図に奈良美智《あおもり犬》と酷似した作品が配置されている。 同作は奈良の代表的な立体作品のひとつで、青森県立美術館に設置されているもの。約8.5メートル、横幅約6.7メートルの真っ白
あいちトリエンナーレ実行委員会が名古屋市を提訴。弁護士・平裕介に今後の展開を聞く5月21日、大村秀章愛知県知事が会長を務めるあいちトリエンナーレ実行委員会は、名古屋地方裁判所に訴状を提出し、名古屋市(被告)に「あいちトリエンナーレ実行委員会負担金」3380万円余の支払いを求める訴訟を提起した。異例の法廷闘争は今後どのように展開していくのか? また実行委員会の請求は認められるのか? 文化芸術活動への助成に関する訴訟を担当している弁護士・行政法学者の平裕介に話を聞いた。 あいちトリエンナーレ実行委員会が、「あいちトリエンナーレ2019」の負担金をめぐって、名古屋市を提訴した。これは、名古屋市が同トリエンナーレの負担金(未交付分)約3380万円の支払いを拒否したことに端を発する。ひとつの芸術祭のなかで、県が市を提訴するという異例の法廷闘争は、今後どのように展開していくのか。また実行委員会の請求は
世界的な建築家としてその名が知られる磯崎新が12月28日、老衰のためこの世を去った。91歳だった。 磯崎は1931年大分県生まれ。54年に東京大学工学部建築学科を卒業し、丹下健三の指導のもとで建築家としてのキャリアをスタートさせた。63年には建築事務所「Arata Isozaki & Associates」を設立し、約60年にわたってアジアやヨーロッパ、北アメリカ、中東、オーストラリアなど、世界各地で100以上の作品を手がけた。 重要作としては、北九州市立美術館(1972〜74、福岡)、水戸芸術館(1986〜90、茨城)、アリアンツタワー(2003〜14、ミラノ)、カタール国立コンベンションセンター(2004〜11、ドーハ)、上海シンフォニーホール(2008〜14、上海)などが挙げられる。 また磯崎は2019年、「建築のノーベル賞」とも言われるプリツカー賞を受賞。丹下健三や槇文彦、安藤忠雄
『週刊少年ジャンプ』の歴史からひも解く、マンガ雑誌の文字とデザイン世界中で高い人気を得ている日本のマンガだが、その隆盛を支えてきたのはマンガ雑誌であった。本記事ではマンガを語るうえで頻繁に取り上げられる物語や絵ではなく、とくにマンガ雑誌における「文字」の歴史がいかなるものであったのかを、『週刊少年ジャンプ』を例にひも解いていく。 聞き手・監修=岡本正史(集英社) 文・構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部) 歴代の『週刊少年ジャンプ』 いまやスマートフォンで見ることも多くなったマンガだが、世界中で高い人気を得るようになった日本のマンガ文化をつくりあげてきたのはマンガ雑誌に代表される、紙でつくられた本のマンガだった。月刊や週刊という刊行スピードで数百万部にも上るマンガ雑誌が印刷され、日本全国の書店に届けられる。この世界的に見ても稀有なシステムが、日本の多様なマンガ文化をつくりあげたことに
環境活動団体による相次ぐ名画への攻撃。ついに国際博物館会議が声明を発表この秋、世界を騒がせている環境活動団体による相次ぐ名画への攻撃。この事態に対し、世界唯一のグローバルな博物館組織である「ICOM(国際博物館会議)」が声明を発表した。 (C)Just Stop Oil 激化する環境活動団体による名画への攻撃。10月以降、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、アムステルダム国立美術館、パラッツォ・ボナパルト、ノルウェー国立美術館などで、展示中のゴッホやモネなどの名画がその標的となってきた。 作品は保護されているためいずれも無傷となっているが、次から次へと発生する同じような事態には懸念が高まっている。こうしたなか、世界最大のミュージアムネットワークである「ICOM(国際博物館会議)」が、声明を発表した。 「Statement: Museums and Climate Activism」と題した声
なぜ美術館で抗議活動? 石油会社と美術館の蜜月関係の歴史世界各地で起きている、環境活動団体による芸術文化施設での作品を標的とした抗議活動。10月には「ジャスト・ストップ・オイル」に関連するアクティビストらによる絵画への攻撃が何度も報道され、抗議活動はヒートアップを見せている。本稿では、イギリス国内で起きた抗議活動を振り返りながら、美術館と化石燃料企業の関係性に迫る。 文=加藤真由 2022年10月、環境活動団体「ジャスト・ストップ・オイル」のアクティビストがイギリスのナショナル・ギャラリーでフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》にトマトスープを投げつけ、大きな騒動を巻き起こした © Just Stop Oil 環境保護団体による芸術文化施設での抗議活動はいまに始まったことではない。イギリスで大きな注目を集めるようになったのは、2010年頃ではないだろうか。イギリスでもっとも有名な美術館
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