インターネット史をヤフー絵巻物で振り返る。パイオニアに聞く「これまでの20年、これからの未来」2016.04.11 11:00Sponsored 三浦一紀 インターネットの歴史を一望できます。 今や「第4のインフラ」として、生活になくてはならないものとなっているインターネット。日本で、一般の人がインターネットを使えるようになったのは、1994年頃。日本各地にインターネットサービスプロパイダ(ISP)が開設され、アナログ回線とモデムを使ってダイヤルアップ接続をするのが一般的。夜11時から始まる通話定額サービス「テレホーダイ」を契約して、夜に思う存分インターネットを楽しんでいたのもこの頃です。 そんな時代からおよそ20年が経過。今では高速インターネット回線とスマートフォン、無線LANの普及により、インターネットは身近になりました。 日本におけるインターネットの歴史と関わりが深いのが、Yahoo
大分駅ビルを運営する「JR大分シティ」は、2015年4月16日に開業した「JRおおいたシティ」の2015年度の入館客数と年商を発表した。 JRおおいたシティ。 入館客数は当初予想の2倍以上-集客はディズニーランド級 JRおおいたシティの2015年度の入館客数は約2420万人、年間売上は約224億円。 これは当初予想の1100万人、200億円を大きく上回る数字で、JR九州の駅ビルの入館客数としては「JR博多シティ」に次いで2番目の規模。 開業1年間(2016年4月16日まで)の入館者数は約2500万人を予想しており、これは過去10年間の東京ディズニーリゾートの平均年間入場客数(約2700万人)にも匹敵する数字で、大分県民が1人あたり年に約22回も訪問した計算になる。 賑わう8階「シティ屋上広場」。神社や遊具も設置されている。 屋上の神社には仲見世も。 「地域随一の店づくり」で広域集客 JRお
――最初にアフガニスタン国立博物館について教えてください。 アフガニスタン国立博物館は1922年、首都カブールに設立されました。アフガニスタンが英国から独立して3年後のことです。 当時、アフガニスタンは王政の国で、博物館の収蔵品は王族が収集した宝物を母体としていました。国内外の考古学者がアフガニスタンの遺跡から発掘したものも多く、その数はイスラム以前(7世紀以前)のものでも10万点に達するほどでした。 ――マスーディさんが博物館に勤務されたのはいつですか。 1979年です。カブール大学文学部で歴史学を専攻し、1973年に卒業したのちは4年ほど高校教師をしていました。博物館に入ったのは、それからです。 館長に就任したのは2001年で、2015年まで務めました。 ――大学を卒業した1973年は、クーデターが起きて、アフガニスタンが王政から共和制に移行した年。博物館に入った1979年は、ソ連軍が
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