watto氏の記事((【創作】劉禅密勅(前編)&後編)を読ませて戴いて、その内容とはほとんど関係のないことなのですが思い出したことがあったので書いてみたいと思います。 私が小さい頃住んでいたことのある地域で、のろし場のことをガイドの人に説明してもらったことがありました。 ただ、説明がざっくりしすぎ(子供向けなのもあるとは思いますが)ていて、「江戸時代は、のろしでお城まで緊急連絡してたんや。全国でも現物が残ってるとこはあんまりないんやで。」という程度だったので、結局何を連絡してたのやら何がなんだか分からずじまいだったことを今ごろ思い出しました。 とりあえずググってみたところ、香川県立ミュージアム(http://www.pref.kagawa.jp/kmuseum/shoukai/tyousakenkyu/)の『高松藩の海防施設 −狼煙場群を中心として』に調査研究の成果がまとめられていました。