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2019年5月26日のブックマーク (3件)

  • 東京新聞:雲取山、60年続いた奥多摩小屋閉鎖 ごみ・トイレに懸念の声:社会(TOKYO Web)

    百名山の一つで、東京都と山梨、埼玉両県にまたがる雲取山(二、〇一七メートル)のメインの登山ルート上で、東京都奥多摩町が運営していた山小屋「奥多摩小屋」が三月末で閉鎖された。閉鎖に伴い管理人がいなくなったため、小屋のトイレや近くにあった人気のテント場も利用できなくなった。町は使わないよう呼び掛けているが、登山愛好家からは「ごみやトイレの問題が発生しかねない」と周辺の環境悪化を懸念する声が上がっている。 (服部展和) 奥多摩小屋は町が六十年前の一九五九年、東京国体の山岳競技開催に合わせて建てた。木造平屋で、都と山梨県境の尾根を通るメインルート上の標高約千八百メートルにある。 メインルート上には、ほかに宿泊できる施設が二カ所あり、テント場もあるが、収容人数は限られる。奥多摩小屋近くのテント場は最も広く、水も湧き、富士山を望める眺望も人気だった。雲取山の標高と同じ西暦の二〇一七年度には四千人超

    東京新聞:雲取山、60年続いた奥多摩小屋閉鎖 ごみ・トイレに懸念の声:社会(TOKYO Web)
  • 海部宣男 - Wikipedia

    海部 宣男(かいふ のりお、1943年9月21日 - 2019年4月13日)は、日の天文学者。専門は、電波天文学・赤外線天文学。特に星間物質、星と惑星の形成に関する研究。国立天文台名誉教授。学位は、理学博士(東京大学・1973年)。叙従四位、瑞宝中綬章受章。 人物・来歴[編集] 1943年、新潟市出身[1]。生後8か月から2歳くらいまで佐渡島で過ごしていた[2]。 1998年に日学士院賞を受賞した。2012年~2015年国際天文学連合 (IAU) 会長。 叙従四位、瑞宝中綬章受章[3]。 2019年 逝去[4]。75歳没。 科学上の業績[編集] 1966年、大学院生として赤羽賢治、森雅樹らによる宇宙電波グループに参加。わが国初の先端大型望遠鏡である長野県野辺山の口径45m大型電波望遠鏡の設計から建設まで、中心的な役割を果たした[5]。この際、波長が最も短い電波であるミリ波におよる星間

    海部宣男 - Wikipedia
  • 天文学者の海部宣男さん死去 すばる望遠鏡計画の責任者:朝日新聞デジタル

    ハワイにあるすばる望遠鏡計画の責任者を務め、ブラックホールの撮影に使われたチリのアルマ望遠鏡の建設にも貢献した海部宣男さん(かいふ・のりお=元国立天文台長)が13日、膵臓(すいぞう)がんで死去した。75歳だった。葬儀は近親者で行った。 海部さんは新潟県出身で、宇宙に浮かぶガスやちりなどの「星間物質」の研究を続けてきた。1982年に完成した野辺山宇宙電波観測所(長野県)の大型電波望遠鏡の建設に関わった。91年からは、ハワイに建設された光学赤外線望遠鏡「すばる」の計画に参加し、94年から責任者を務めた。すばる望遠鏡を完成した後の2000年、国立天文台長となった。 その後、12~15年に国際天文学連合会長を務めた。13年に日米欧が協力してチリに完成した電波望遠鏡「アルマ」計画では、日がアルマ計画に欧米と対等な立場で参加できるよう尽力し、計画に関する最高意思決定機関であるアルマ評議会の委員も務め

    天文学者の海部宣男さん死去 すばる望遠鏡計画の責任者:朝日新聞デジタル