1月に発生した能登半島地震後に東京電力が、新潟県に立地する柏崎刈羽原発のタービン建屋内などで壁面のひび割れや地下水のしみ出しを複数確認していたことが2月8日、分かった。東電はこれまで地震の影響について「プラント設備の異常や液状化被害は確認されていない」と説明していたが、一定の被害を受けた可能性が出てきた。 東京電力、柏崎刈羽原発で液状化の被害は「確認されず」 ひび割れなどは、東電が8日に公表した、...
これほどの激震に襲われた場所になぜ、原子炉の設置が許可されたのか-。中越沖地震で、阪神大震災と同じ最大で震度7を記録した東京電力柏崎刈羽原発。国は1977年、専門家による安全審査の審議を経て1号機の設置を許可した。しかし、中越沖地震の揺れは設計時の想定を大幅に超えた。さらに周辺海域に大規模な活断層の存在が明らかになったことによって、国による安全の「保証」は大きく傷ついた。非公開で行われ、厚いベールに覆われてきた31年前の安全審査。かかわった人物の証言を基にその実態を検証する。 「そういうことなら辞めさせていただきます」 77年、東京・霞が関。柏崎刈羽原発1号機の耐震安全性を審査する場で突然、予想もしなかった発言が出た。それを、科学技術庁(当時)の原子力安全審査官だった塚腰勇(69)ははっきりと覚えている。審査は大詰めを迎えていた。 発言の主は審査メンバーの1人で東京大学地震研究所助教授
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