かつて、阿倍仲麻呂について調べていた時のこと。 仲麻呂伝について、林羅山(1583~1657)の研究が凌駕(りょうが)されるのは、1940年代だと気付き、唖然(あぜん)としたことがあった。と同時に、私はこんなセリフを呟(つぶや)いた。「しょせん御用学者だろ」と。「御用学者」という言葉は、侮蔑的にしか使わない言葉だ。その「御用学者」の代表、林羅山の評伝に、凄腕(すごうで)の国文学者が挑んだ。 二つの視点が提示されて、本書ははじまる。「知識欲と出世欲はどう羅山の人生と関わるのか」「そして、羅山の編み出した思考法は、江戸期にどのくらい重みを持ったのか」の2点だ。驚いたのは、羅山が学問を始めたころは、儒者の地位がまだ低かったという点だ。僧侶が中心であった学問世界の中で、羅山は何とかして儒者の地位を権力者に認めさせ、権力内に食い込み、徳川将軍家の側近になることに成功する。 そんななかで、豊臣家をおと