大相撲で知られる両国国技館から本所方面に向かって歩くと、緑の木々に囲まれた公園にたどり着く。都立横網町公園(東京都墨田区)だ。 敷地の一角に置かれた鉄の塊は、1923年(大正12年)に起こった関東大震災による火事で溶解した機械類である。焼け焦げて原型をとどめない鉄の塊は、この場所で起きた惨状を物語る。 かつては旧日本陸軍の被服廠(軍服などの製造工場)があった場所だ。96年前、ここを公園に整備するための工事が行われているさなか、震災が発生した。公園として機能する前のただの空き地に、震災の火の手から逃げてきた人々が殺到した。住宅密集地のなかに設けられた広大な空き地だ。避難場所として、そこが適地であると彼らが判断したのも当然だ。 しかし、それはさらなる悲劇の始まりとなった。強風で煽られた炎は巨大な竜巻となって、避難民の衣服や持ち込んだ家財道具に飛び火した。四方から襲った火煙に、人々が飲み込まれた
![朝鮮人犠牲者追悼のウラで行われた「虐殺を否定する」慰霊祭(安田 浩一)](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/ce80f683361be3672471ad112539be6f5f645b6e/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fgendai-m.ismcdn.jp%2Fmwimgs%2F8%2Fd%2F1200m%2Fimg_8da6a089046586253b79cd5ef5d4770b93011.jpg)