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哲学と宗教に関するyachimonのブックマーク (3)

  • 「ネット生活を幸せにする宗教 Virtual Religion」の違和感 - 西尾泰和のはてなダイアリー

    ネット生活を幸せにする宗教 Virtual Religionに関して、書かれている内容は(儀式以外に関しては)受け入れられるのに、全体としては強い違和感があったのでなぜなのかを考えていました。結論としては、これは僕の宗教観と末永さんの宗教観の違いが原因だなと思ったのでここにメモしておきます。誤解がないように最初に明記しておくと、これは教義の修正を求めるものではありません。末永さんがこのような文書を公開することで僕が自分の宗教観を明確化する助けになったことに感謝します。 Virtual Religionの教義は、大部分が戒律のリストとして構成されています。おそらく戒律こそが宗教の核という末永さんの宗教観に基づくものなのでしょう。その考えは否定しません。現実に大部分の宗教は戒律を持っています。モーセが得たのも戒律でしたね。see モーセの十戒 - Wikipedia 一方で、僕の宗教観では「世

    「ネット生活を幸せにする宗教 Virtual Religion」の違和感 - 西尾泰和のはてなダイアリー
    yachimon
    yachimon 2014/10/04
    戒律だけになると原理主義過激派とかになりそうですよねー
  • 精神の救済を宗教に求めるのは勝手だが、それを他人に押し付ける奴は滅びろ - ミームの死骸を待ちながら

    昨日「宗教上の理由で」という表現がTLで(ネタとして)Buzzっていて、それに関連してちょっと昔のことを思い出していた。あんまし嬉しい記憶ではないし、読む人によっては不快感を感じるだろうし、なにより今日はとりわけ戯言なので、ヒマな人だけ読んでくれたらいいと思って垂れ流す。 ◆ 今となっては僕の宗教は讃岐うどん原理主義ぐらいのものだけど、物心ついたころ、我が家は"エホバ"だった。 「エホバの証人 - Jehovah's Witnesses」は世界に広く信者を擁するキリスト教系の新興宗教というかカルトで、駅前で冊子を配っていたり、勧誘がうっとうしかったり、輸血拒否で社会問題になったりしたアレだ。説明適当。 そう長く信仰していたわけではなく中学に上がる頃にはほとんど痕跡もなかった*1のだけど、宗教と聞くと最初に連想するのが、最も厳格だった小学生の頃の記憶だ。ごく普通の公立小学校に通っていた僕に初

    精神の救済を宗教に求めるのは勝手だが、それを他人に押し付ける奴は滅びろ - ミームの死骸を待ちながら
  • 麻生首相:「7割ぐらいの宗教は労働は罰」天草で持論披露 - 毎日jp(毎日新聞)

    麻生太郎首相は7日、視察先の熊県天草市内のホテルで演説し、高齢者の就労問題に関連して「世界中、労働は罰だと思っている国の方が多いんじゃないの。7割ぐらいの宗教の哲学は労働は罰だから」などと、独自の宗教観、労働観を披露した。 そのうえで、日人については「我々は働くというものは正しいと思って育ってきた。(日では)神々は働いていたんだから。神々が行うなら善行に決まっている」と指摘。「労働は神が与えた罰と思っている国と、神と一緒にやる善行と思っている国では、労働に対する哲学が違う。それが日の持っている底力」と述べた。【塙和也】

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