ブックマーク / crow-henmi.hatenadiary.org (70)

  • 「誰かが助かれば、他のみんなはどうなるのか」再考――選択肢式ゲームの構造論(メモ)―― - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地

    選択肢式ギャルゲーにおいてよく議論される問題として「あるヒロインを選択した場合、その他のヒロインはどうなるのか」というものがある。これは、選択肢によって個別ストーリーへと進み、他のヒロインが後景化するタイプのゲームにおいて前景化する問題である。これについては「多世界解釈=遡及的過去生成」説と「同一世界解釈=確定的過去共有」説が有力な説として浮上し、それがある種の対立関係にあるものとして語られてきた、という過去があった。ひらたくいえば、前者は「あるひとりのヒロインが選択されると、そのヒロインルートがひとつの確定的現実として観測され、他のヒロインたちは自動的にドラマを保有しない脇役へと後景化する」というアクロバティックな解釈であるが、後者は「あるひとりのヒロインが選択されると、他のヒロインたちはそれぞれのドラマを保有したまま、主人公と結ばれないことによるバッド/ノーマルエンドへと向かう」という

    「誰かが助かれば、他のみんなはどうなるのか」再考――選択肢式ゲームの構造論(メモ)―― - BLUE ON BLUE(XPD SIDE)跡地
  • 2008-01-24

    積読もたまっているし、忙しいのになぜか「LAコンフィデンシャル」を再読する俺ガイル。エルロイが描き出す50年代ロサンゼルスの悪徳と暴力は「ぼくら」のリアルを軽々と跳躍し、一種のファンタジーとして現前する。実際のところ、50年代のロサンゼルスというのは当にこんな街だったのだろうか、それともエルロイの超暴力妄想が生み出した幻影に過ぎないのか、少し、気にかかる。 ついったからの転載・改稿。 ガンスリの「読み」について、いささか思うところがあったのでメモ。 ガンスリにおいてある種の「変化」――ロリータ玩弄マンガから、ロリータを玩弄させる権力とそれに対する主体の彷徨を描き出すマンガとしての変化、といって良いだろう――が現れたという言説を展開するなら(ぼくはそれに組しないが)それは「2期生」の登場からではなく、テロリストたちがそれぞれに人間として描かれる群像劇――つまりピノッキオ編から語らなければな

    2008-01-24
    yu_i
    yu_i 2008/10/10
    ガンスリ
  • 2007-12-26

    まあ、あれだ、その、鏡を見ろって話だよね。ぼくが倫理的な独り言をつぶやいているときは大体ブーメランだな、と。いろいろ申し訳ない。そして忠告していただいた方々に多謝を。 http://d.hatena.ne.jp/NaokiTakahashi/20071226#p1 まず最初にここ数日のやりとりについて、ほのめかしメソッドと上目線メソッドで絡んだ上に煽ったことについて、ならびに、高橋氏が示された当然の怒りに対して、理不尽な怒りをもって対処したことについて謝罪いたします。まことに申し訳ありませんでした。 ただ、無礼な態度とはいえ、そのような行為に出るにあたっての「高橋氏の作品に対する態度と読みについての疑義」というものがあった、ということはここで釈明させていただきたく存じます。高橋氏がおっしゃられたように「ぼく自身の名誉のため」であり、あさましい行為とは思いますが、どうかお許し頂きたく存じます

    2007-12-26
    yu_i
    yu_i 2008/10/10
    ガンスリ
  • 2007-12-04 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - ヘンリエッタとジェイソン・ボーン――あるいは例外状態の倫理

    禁煙中断日。1しか吸いたくないのに1箱単位で売っているから始末に終えない。いっそ1吸った後に捨ててしまうべきだろうか。120円のばら売り自販機とかあればステキなのだけど、まあ、現実的には無理だろう。あるいは、配給制で1日5とか。そういう喫煙ライフにあこがれつつ、1箱の重さをずっしりと感じる。これだけ吸ったらまたニコ中に逆戻りじゃないか、と。なんとか数日に分けて吸おう。 伊藤計劃氏のエントリから触発されたネタなのだけど。 ジェイソン・ボーン・シリーズの概括を見ていて、なんだこれガンスリとたいして変わりないじゃん、とか思った俺ガイル。工作員を条件付けしてデュー・プロセスなしの自国内向け非合法特殊工作に放り込むというのは、ブラックブライアーと社会福祉公社にしかできない荒業といえよう。なにかの手違いで、フラテッロから離れ、記憶を喪失し、自らのアイデンティティを探すために戦う――そして「帰っ

    2007-12-04 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - ヘンリエッタとジェイソン・ボーン――あるいは例外状態の倫理
    yu_i
    yu_i 2008/10/10
    ガンスリ。「それに対し、ジェイソン・ボーンは自ら望んでトレッドストーン工作員となった。犠牲者であるがゆえにさらなる犠牲を要求されるものと、自ら望んで犠牲者たらんとするもの。」
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 戦闘美少女の主体性と毀損性(メモ)

    今日は死ぬほど暑かった。積乱雲が綺麗だったので写真を撮ろうと思ったけどコンデジを持っていないので断念。 blogは長文を書くのに適しているけど、コミュニケーションという面では硬直的な部分があって、どうもクネクネするに不自由を感じる。ので、ついったやSNSに重点を移すというのも考えている。もちろん、ついったやSNSでできないことはあるので、blogは続けるけど。 帰宅したらいろいろとが届いていた。 読んだ ナチュン(2) (アフタヌーンKC) 作者: 都留泰作出版社/メーカー: 講談社発売日: 2007/07/23メディア: コミック購入: 2人 クリック: 16回この商品を含むブログ (37件) を見る土俗的文化と先進テクノロジーが混交し、オルタナティヴな光景を織り成す21世紀中葉の沖縄。この巻では沖縄の地域性――アジア諸国のさまざまな流通の中継点としての側面も描かれ、風景に更なる陰影

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 戦闘美少女の主体性と毀損性(メモ)
    yu_i
    yu_i 2008/10/10
    「傷つけるものとしての意思決定=主体性を持たない従属性の強い「使役型戦闘ヒロイン」(ガンスリとか)」
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 不良少女とガンスリンガーガール

    ハピマテ騒動とかアキバデモとか、あれだよな、日陰者が「ぼくら」はここにいると「彼ら」にアピールしたいってことに尽きる。基的にblogとかと同じで、自意識の発露だけど、目を引く/目を背けさせないという意思と圧力はデモとかのほうが強い。強い分、反発も大きい。全肯定派はそこらへんの「当然の条理」をまるで悪であるかのように批判するけど、「挑戦と応戦」が全ての「運動」にまつわる以上、それを織り込んで行動しなければならない。そういう意味では――メソッド的な部分では――ああいう運動は基的に失敗であり、運動のための運動に堕するんじゃないかな。とか思う。 象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA) 作者: 飛浩隆出版社/メーカー: 早川書房発売日: 2004/09/08メディア: 文庫購入: 20人 クリック: 110回この商品を含むブログ (240件) を見る高い技巧と奇想は折り紙つき

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 不良少女とガンスリンガーガール
  • 2007-04-25

    yu_i
    yu_i 2008/10/10
    「ガンスリをロリ残酷物語として読む筋の悪さ、とは、ある程度距離を置いておきたい」「歪な人間同士が、せめて人間らしくあろうと思いつつも、いろいろなしがらみでそうありえないというままならなさを描いた話」
  • 2008-08-30

    今日は久しぶりにTRPGのオンラインセッションなどしてそれなりに楽しんだ。休みっていいニャー。伊藤計劃氏の新作も第1稿が脱稿されたようで何より。秋ごろには読めるかな。 それはそうとして、今日もついったからお蔵出しなどする。ネタがなくなるまではこの調子で。 ついったからの転載・改稿。 上遠野浩平「ブギーポップは笑わない」から始まった、一連の作品――いわゆるブギーポップシリーズは、同時代文学として多くのロスジェネ世代から支持されたのだが、それは何故だったのか、ということを語ってみる。 ブギーポップシリーズの登場人物たちの多くは、物語の中で、自己が置かれた状況の質や大局から一貫して疎外され、その過程でさまざまなものを失う。彼らの物語はそれぞれの個別的な体験であり、ブギーポップを巡る物語はそうした小さな物語の編集に拠って成立する断片の集合体である。 彼らは、社会の分子化による多様化とそれによる超

    2008-08-30
  • 2008-07-27

    少しばかり環境を変更。 プロバイダのDNS脆弱性がかなりアレげだったのでOpenDNSに変更してみた。 今のところ、とりたてて不都合はない。 はてなアンテナが満杯になっていたので、批評系サイトをまとめてサブアカウントのアンテナに移した。 これについてはRSSに移行することも考えている。 ヲタク・サブカル圏における、作品と自己、あるいは作品と状況論を絡めて語る、いわゆる「なんちゃってカルスタ」という批評の方法論は、ヲタが「自分とは何者であるのか、自分はどのような状況と立場にいるのか、そしてどこに行くのか」という問いとして存在する。それは状況の把握と立ち位置の確定により、世界を把握し、それとの関係性を模索する試みである。もちろん、そのような方法論は不完全かつ歪であるのだが、しかしそれでもなお、一定の意味を持っている。 過去においてそれは文学の役割だったのだが、文学がそのような役割を果たしえたの

    2008-07-27
    yu_i
    yu_i 2008/08/12
  • 2008-07-13

    やたらに面倒くさいが、とりあえず課題を済ませておく。 はじめに まず、エロゲという定義が混乱しているところから整理しなければならない。広く用いられている「セックスシーンがあればエロゲ」という定義は「セックスシーンがあればエロ小説」というくらい乱暴な括りといってよく、事実上分類としては機能しないものだが、このような認識を前提として議論が進められてしまうという現状がある。それを是正しない限り、正しく議論することはできない。正しく問わねば、正しい答は得られない。某bloggerの言葉を借りるなら「何も書いてない屏風から虎を追い出すことは不可能」なのだ。 ちなみに、この「正しさ」というのは属人的なものであり、それゆえに他者の「正しさ」と干渉する。批評とはその干渉のフィールドにおける弁証法的過程を経て完成されていくものだ、ということをあらかじめ表明しておく。 ゲームとは何か? エロゲとは何かを語る前

    2008-07-13
  • 2008-06-22

    今日は外に遊びに行く予定だったのだけど、体調が急降下してだるかったので家でごろごろしていた。来週こそリベンジ。 「サバルタンとしての加藤智大」(http://d.hatena.ne.jp/crow_henmi/20080621#1214062132)について、あちこちからツッコミを受けて多岐に渡る議論になった。それについて、ある程度まとめておきたいと思う。ただ、気力がないので手短に。 サバルタン性は加藤という存在、あるいは加藤が属していた社会階級のみの問題に収斂されるべきではないのでは? コミュニケーション不全と自己疎外による徹底したサバルタン性というのは、確かに加藤個人や加藤の属していた社会階級のみに止まる問題ではなく、現代社会において普遍的に存在する問題といえる。主体性への接近不可能性(後述)や、他者との了解不可能性という問題は、程度や状況の差こそあれ現代社会に属する個人にとって普遍的

    2008-06-22
  • 2008-07-08 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - エロゲにエロは必要なのか問題の正しい問い方

    いわゆる「知の欺瞞」問題は、サルが書きなぐった落書きを現代アートとして価値を認めてしまう批評家の問題と近似する。自分の見解は「作った人間が意味がわからないオブジェクトでも、そこに意味を見出すことができれば見出したものにとっては意味がある」と云う感じで把握している。さらにいえば「オブジェクトの作者が何らかの意図をもって作ったものであったら、観測者と作者の認識の差異が新しい共同主観的平面を作り出すし、そこでいろいろな発展がありうるだろう」と云える。とか、ふと思ったのでメモ。 http://d.hatena.ne.jp/rikio0505/20080708/1215443157 エロゲにおいてエロシーンの必然性が低下しているのではないかという問い、あるいはエロシーンの必然性が低下しているが故にエロは必要ないという言説は、それこそ葉鍵隆盛期のころの古い問題意識で、散々論じられ論議自体が形式化しさら

    2008-07-08 - BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - エロゲにエロは必要なのか問題の正しい問い方
  • 2007-08-02

  • 2007-08-01

    今後の社会においては、コストが最重要課題となるので、生きるコスト、楽しむコスト、そうしたもの全てをコストダウンしていく必要がある。そういう最適化の中で、コストパフォーマンスの悪いエロゲのような趣味が生き残っていけるのか、という部分にはちょっと興味がある。それ以前に「エロゲはコストパフォーマンスの悪い趣味なのか」という問題提起も含めて。 それはそうとして。 blogの――特に日blogにおいて「私見」が主を占めるという当然の事実があって。もちろんそういう自意識の下、このblogも書かれている。ただまあ、それを「私見に過ぎない」とか切って捨てるには、相応の客観的クオリティを持った言説を自分で展開することが必要になるんじゃないかな。 yu_iさんとメッセでやりとりしたこと関連で、ちょっとメモ。 鍵作品ってのは、プラトニックな盟約や願望がストイックに履行される過程の中に、便宜的にエロスが組み込

    2007-08-01
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 日々雑感070731/荒らしを煽ったらリアルチャットになったでござるの巻

    今ひとつ気力が出ないので書くことも余りなし。まあ体調が上向いたり思いついたことがあったら後で書こう。返事をせねばならんこともあるし。 それはそれとして。 変な厨のせいで、せっかくのblog不干渉・無抵抗主義がだいなしだよ! うう……ぼくはただ、みんなと平和にクネクネしたいだけなのに……(何 ぶっちゃけた話、憎悪のコストは協調性が強調される社会では悪いし、blogは高等遊民的にのんべんだらりと楽しむものだと思っている。だから、こういう連中にはぶく手間など、当はないはずなんだけど、まあ、弄ると楽しいってのはあるよなあ。フォースの暗黒面はry ためしに弄ってみたらどうなったか コメント欄参照。konozama。第1部完。ネット界隈の知人とのリアルチャット化。なぜ!? おおまかな経過 突然コメント欄に荒らしが現れる。 放置しておこうかと思ったけどなんとなくもにょったので、相手にしてみたらどうなる

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 日々雑感070731/荒らしを煽ったらリアルチャットになったでござるの巻
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 馴致される戦闘美少女と「罪と罰」(2)

    宇宙ヤバイ。正確にはぼくの中の小宇宙がヤバイ。具体的には人体――その驚異の小宇宙――の一部であるところの胃が。1日中しくしくと痛く、薬を飲んでも改善されない。これは格的に穴が開きつつあるのかもしれない。われわれはブラックホールの生誕に立ち会っているのです。われわれってなんだよ。脳内賢人会議か。 とりあえず、節制することに。コーラとか酒とか胃に刺激の強いものはできるだけ控えること。暴飲暴を避けること。その他いろいろ。面倒くさいけど、仕方ない。 先日書いた「ぼくらは戦闘美少女に暴力をアウトソーシングし、それを馴致することで、ぼくらの暴力を隠蔽しながら行使する」という辺りの事柄についてなんだけど、なぜぼくらは(この場合に「ぼくら」とか使いたくないけど、自分の問題として引き寄せたほうがいだろう)罪の意識を抱いてまで少女に暴力をアウトソースし、玩弄し続けなければならないのか、というところで少し詰

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 馴致される戦闘美少女と「罪と罰」(2)
    yu_i
    yu_i 2007/07/26
    ガンスリとか。
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 馴致される戦闘美少女と「罪と罰」

    ちょっと暇が開いたから書く。 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50878556.html http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/20070724/p1 http://d.hatena.ne.jp/REV/20070724/p2 この辺の話。 戦闘美少女の蔓延、という事実はさておき、ことヲタ文化的には、戦闘美少女の暴力がいかにして管理/制御されているかという構図のほうが重要じゃないかと思った。最初に生まれたのは「強い/主体的なヒロイン」だったのだけど、最近は管理されたり抑圧されたり条件付けられたり脆弱性を埋め合わせてもらったりする「強い/非主体的なヒロイン」が増えてるんじゃないかな、とか思う。こういう構図の場合、真の「力」を握っているのは管理する主体――男の側になる。 そこからは、強いヒロインを馴致する、あるいは馴

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 馴致される戦闘美少女と「罪と罰」
    yu_i
    yu_i 2007/07/26
    [マンガ]ガンスリとか。「戦闘美少女の暴力がいかにして管理/制御されているかという構図」「ヤンデレ辺りも主人公の「罪」が現前化した「罰」に萌える構造だよなあ」
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 八岐の園と虚ろな楽園(メモ)

    「サンフランシスコ講和条約において東京裁判の結果を日は受け入れている」という話をかなり以前から聞いていたのだけど、一体どこにその記述があるのかと思って調べてみた。 一見すると、第19条d項「日国は、占領期間中に占領当局の指令に基いて若しくはその結果として行われ、又は当時の日国の法律によつて許可されたすべての作為又は不作為の効力を承認し、連合国民をこの作為又は不作為から生ずる民事又は刑事の責任に問ういかなる行動もとらないものとする」が論拠のように思える。つまり東京裁判の「効力」はサンフランシスコ講和条約に拠って裏打ちされているわけ。東京裁判無効論を唱えるなら、講和条約自体を破棄する、あるいはこの条文を改正する方向で動かないと、手続き論的にはまずいんじゃないかな。 ちなみに法源としてはケロッグ=ブリアン条約が上げられる、のかな? それともアメリカの東京裁判開廷という行動そのもの? この辺

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 八岐の園と虚ろな楽園(メモ)
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - あの夕焼けには戻れない

    昼、時間が空いたのでメモ。 とりあえず、るりあ先生へのレス。 漫画じゃねーから、オラオラオラオラオラオラオラオラオラってわけにはいかねえけど、結構多くの人間が「やれやれだぜ」とは呟いてんじゃねえかなあ。 「まとめ」の辺りに、書いてる人の徒労感が如実に現れていると幸いです。なんか牽強付会に自分のフィールドに引き込もうとしているなあ、とか、なんでそんなのとクネクネしてるんだろうなあ、とか。そんな感じ。 あとまあ、そもそも関わるな、という話もあって。関わることでさらにgdgd度が上がるので、ままならんなあ、とは思います。しかし無視するにはやかましすぎるのです。もにょります。 一方で「定量的・定性的双方での綿密な分析が必要」とかゆーのもどうよ。 タイミングはかってカウンターいれて無効化ってのが、そらまあ、ポリティカルには賢いだろーけど。それもなあ。ヤな言い方すんなら小賢しい。 あの辺りの論争を見

    BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - あの夕焼けには戻れない
  • BLUE ON BLUE(XPD SIDE) - 美少女ゲーム評論史について(メモ)