はじめに 聖徳太子(上宮法王)は馬と縁が深い人でした。厩(うまや)で生まれ、愛馬を石に彫り、馬子と物部氏を滅ぼし、推古女帝の摂政として飛鳥と斑鳩を馬で駆け、#甲斐の黒駒 と天を飛びました #厩戸皇子 #オシラサマ伝承 目次 聖徳太子と馬 甲斐の黒駒 古代蝦夷とヤマト文化がぶつかったところの太子信仰 アラハバキ解・汎日本古代信仰の謎に迫る(新章公開) 本文 聖徳太子と馬 叡福寺(大阪府南河内郡太子町、太子の墳墓がある) 若き聖徳太子像 聖徳太子(上宮法王)は馬と縁が深い人でした。 急に産気づいた穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのこうじょ)が、近くにあった厩(うまや)で太子を出産したことから『厩戸(うまやど)』の名がついた話は有名ですね。(まるでイエスキリスト!) 明日香村を歩いてますと、幼少~青年の厩戸皇子(うまやどのおうじ)と馬の伝承がいくつか残されています。 なにしろ馬との強いかかわり