「A列車で行こう」をはじめとして数多くの名曲を残し、ジャズ創成期の20世紀前半を語る上で欠かすことのできない存在、デューク・エリントン。 「一人の人間のサウンドはそのミュージシャンの全人格」というのは彼の言葉だが、デュークは常に音楽を通じて自身の楽団のメンバーと向き合ってきた。 そうして生まれた音楽が持つ魅力について、大友良英はこう説明している。 僕らが今聴いている音楽の大部分は「打ち込み」と呼ばれている音楽で、コンピューターでオーケストラみたいな音も、デューク・エリントンみたいな音も作ることができます。ファミレスに行くと、どの店舗に行っても同じハンバーグが出てくる感じ。デューク・エリントンの音楽は、最高級のレストランで、顔がはっきりとわかるシェフが作ったアメリカの料理なんです。 デュークが待望の初来日を果たしたのは1964年の6月19日。折しもそれは新潟震災の発生から3日後のことだった。
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