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ブックマーク / ida-10.hatenablog.com (11)

  • 道後オンセナート2014 9つの「泊まれるアート」をめぐる "HOTEL HORIZONTAL" - mezzanine

    2014年は、四国松山にある道後温泉館が改築されて120周年にあたる。この機会に松山市の道後で開催されているアートフェスティバルが「道後オンセナート2014」である。4月のグランドオープンではライゾマティクスによるプロジェクションマッピングが道後温泉館を使って行われ、街にも影絵などのパブリックアートが点在するなど、道後はこれまでとはちょっと異なる様子を見せている。 今年の年末まで行われるこのアートプログラムの中核を成すのが、9つのホテル・旅館を使った泊まれるアート「ホテルホリゾンタル」。9人のアーティストやデザイナー、建築家らに、9つのホテル・旅館の各1室を「作品」化してもらうというものである。 これらのホテル・旅館の作品には実際に宿泊することもできるが、宿泊客のいないチェックインまでの昼の時間帯は有料での見学も可能*1。ここでは「ホテルホリゾンタル」の9つ全ての作品を見てまわったもの

    道後オンセナート2014 9つの「泊まれるアート」をめぐる "HOTEL HORIZONTAL" - mezzanine
    zaikabou
    zaikabou 2014/12/16
    『「ホテルホリゾンタル」の9つ全ての作品を見てまわった』素晴らしい
  • 地震発生から1ヶ月の記録 ―仙台市中心部の場合 - mezzanine

    はじめに 地震発生から二ヶ月が過ぎようとしている。私の生活はほぼ完全に地震前と同じレベルまで回復したが、生活の隅々まで見渡せば、今回の震災に起因する不自由・不便がまだたくさん残っているし、仕事の性質もすっかり変わってしまった。 当に今さらだが、twitterでの当時のつぶやきを交え、地震発生から一ヶ月の記録を忘れないうちに記しておこうと思う。 ※ 日付の横にある見出しは、その日の『河北新報』朝刊の見出しです。その日に起こった出来事を記しているものではないのでご注意ください。 ※ この記録は、id:matsukazuto さんの記事*1に触発されて記したものです。ぜひあわせてご覧ください。 ※ 私は仙台駅から徒歩で移動できる範囲に勤務し、住んでいます。以下の記録のほとんどは、津波による被害を受けていない、仙台市中心部のごく限られた地域での生活に関するものです。 3月11日 宮城 震度7【号

    zaikabou
    zaikabou 2011/05/07
    『「津波!」という声が聞こえた。仙台市中心部からでも、高いところからは、仙台の沿岸に津波が来ているのが見えた。辺りがどよめいて、そのうちに窓の外は吹雪で真っ白になり、なんかもう駄目だと思った』
  • 仙台の津波と都市計画 - mezzanine

    昨年に仙台に赴任して、初めて仙台市内の高層ビルから目にした仙台の風景に、異様な感じがしたのをよく覚えている。 仙台市内のビルからは遠く太平洋まで望むことができるが、太平洋側を見渡したとき、仙台の「市街地」と、市街地の周囲に太平洋まで広がる「農地」との区分のコントラストが鮮やかに見えたからだと思う。 高いところから見ると、仙台市の沿岸地域が田畑などの農地として利用されているのがよくわかるが、この風景は、湾岸を積極的に開発してきた東京で過ごしてきた私にとっては新鮮に見えた。 これは東京に限らず、大阪、福岡、広島といった海沿いに発展してきた大都市をみてもそうだが、都市の発展は沿岸・水辺の開発とセットになっている、という固定観念があるせいなのだろう。 しかし、仙台はこれらの水辺に広がる都市とは対照的である。海から離れた青葉山に城を築き、そこを起点に街が広がった、といった趣がある。宅地も、海沿いでは

    仙台の津波と都市計画 - mezzanine
    zaikabou
    zaikabou 2011/04/16
  • 屋根の空間、屋根の可能性−隈研吾「根津美術館」 - mezzanine

    隈研吾「根津美術館」(2009年) 日・東洋の古美術を収蔵・展示する根津美術館。和風を思わせる渋い外観。 屋根・軒 正門からのアプローチ。軒下の空間。 アプローチの壁面には竹が並ぶ。 庭園より館を望む。20,000坪の庭園側には瓦屋根による表情をみせる。 3年半の閉館期間を経た東京・青山の根津美術館が、10月7日に新たな装いとなって開館した。 この新・根津美術館の建築設計を行ったのは隈研吾(隈研吾建築都市設計事務所)。90年代以降、日の各地で設計活動を行い、いまや世界の各地に活動範囲を広げ、日の建築界を牽引している建築家である。 隈は90年代、建築のオブジェクト性を否定し(=反オブジェクト)、そして「負ける」というレトリックを用いて活動を展開してきた。威圧的で、自己中心的で、ものものしい建築の否定。それは例えば「亀老山展望台」で建築を地中に消し去り、「石の美術館」では石積みの壁をル

    屋根の空間、屋根の可能性−隈研吾「根津美術館」 - mezzanine
    zaikabou
    zaikabou 2009/11/01
    瑣末な点だけれど、竹をネジ留めしてあるのは、あのネジを見せたいのかしら?
  • 躍動する東京の姿―東京を撮影・編集した動画集 - mezzanine

    上記3つの動画を作成したmockmoon2000さんは、電車をテーマにした映像も作成している(これとこれ)。 主役は新宿の超高層ビル群。2008年竣工のモード学園コクーンタワーも見られる。 アニメやゲーム等の舞台として登場してきた東京を、それらの映像と織り交ぜて作られた作品。

    躍動する東京の姿―東京を撮影・編集した動画集 - mezzanine
    zaikabou
    zaikabou 2009/05/31
  • 『1995年以後』世代の建築家は世界をいかに切り開くか? - mezzanine

    1995年以後~次世代建築家の語る建築 作者: 藤村龍至,TEAM ROUNDABOUT出版社/メーカー: エクスナレッジ発売日: 2009/02/20メディア: 単行購入: 6人 クリック: 52回この商品を含むブログ (31件) を見る 建築家の世代論 ―30代という意味 『1995年以後 次世代建築家の語る現代の都市と建築』(編著:藤村龍至 /TEAM ROUNDABOUT)は、1971年以降生まれの若手建築家・研究者ら32組へのインタビュー集である。インタビュアーは1976年生まれの建築家藤村龍至と、藤村を中心とする"TEAM ROUNDABOUT"のメンバー。建築関連のイベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL」の企画、フリーペーパー「ROUNDABOUT JOURNAL」の出版と精力的に活動する彼らの初の書籍である。 ここで取り上げられた「1971年以降」の若手

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  • 松山・三津浜の建築の織り成す風景 −石崎汽船ほか - mezzanine

    松山・三津浜をふらふら歩いた記録の続き。 松山の海の玄関口の一つ、三津浜(三津)には古い建物が比較的残っている。松山が空襲を受けた際、三津浜は戦災を受けなかったからだそうだ。前回触れた「三津駅」はそのような歴史を生き抜いてきた証人といえそうだが、今回は、そのほかの様々な建築に目を向けてみたい。 三津浜港のすぐそばに建つ、石崎汽船社。木子七郎(きご・しちろう)が設計し、1924年に建てられたRC造の建築である。 設計者の木子は、愛媛出身の新田長次郎の娘婿となったことから、松山の建築を手がけてきた。近代以降の愛媛の建築を牽引したトップバッターだといっていいだろう。代表作といえる萬翠荘(旧久松伯爵邸、1922年)と愛媛県庁舎(1929年)はともに松山城のふもとに建つ建築で、萬翠荘は「坂の上の雲ミュージアム(設計:安藤忠雄)」が建てられたことで、あらためて光が当てられるようになった。 さて、三

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    zaikabou
    zaikabou 2008/09/08
    愛らしい建物の数々が素晴らしい
  • 大倉山−大倉山記念館ほか - mezzanine

    長野のことを書いている間の近況。 * 横浜・大倉山へ行く。稀に大倉山駅で降りることはあるのだが、そういえば大倉山記念館に行ったことが無いな、と思い訪れる。 大倉山記念館(旧大倉精神文化研究所、設計:長野宇平治、1937年) プレ・ヘレニズム様式。クレタ文明に由来する様式らしいが、何それ。柱の下のほうが細かったりするのが様式の特徴らしい。古典ベースだけど和洋折衷というか、クレタ文明の中に日とか中華らしき装飾が見られたり、実はかなりオカシイ建築なのでは。1937年というと昭和7年。昭和初期って、古典主義、コロニアル、擬洋風などが出た後、モダニズム建築が席巻するまでのある飽和点を示すのかもしれないな。 開館以来、年間約50回にも及ぶコンサートを開催する「大倉山水曜コンサート」、1万人以上の入場者を集める「大倉山秋の芸術祭」、こどもの日にちなんだ「こどもフェスティバル」、12月の「小さな丘のメリ

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    zaikabou
    zaikabou 2007/07/13
    大倉山、隣の駅なのに最近行って無い。
  • ふじようちえん - mezzanine

    立川にあるふじようちえん(設計:手塚貴晴+手塚由比、2006年)の内覧会に行く。 緑が青々としてきた、五月の今日みたいな晴れた日が好きだ。横浜線で八王子、拝島経由で向かう電車の車内からは緑が多く見える。 駅に着き、15分ほど歩いて訪れた幼稚園からはケヤキがにょきにょきと生えていて、屋根の上まで突き出して迎えてくれた。五月の晴れた日にこの建築を訪れられたのが嬉しい。 * 「ふじようちえん」は佐藤可士和さんがディレクション。佐藤さんが手塚貴晴+手塚由比さんに建築を要請してデザイン。築36年、老朽化した木造園舎の建て替えであり、500人という園児を受け入れる大規模な幼稚園ができあがった。 平面は楕円形。手書きのスケッチから起こされたというこのプランは正楕円ではない。平屋に並ぶ教室は家具でゆるやかに区切られていて、ところどころにトップライトが落ち、あるところではケヤキが建物の中を突き抜けている。屋

    ふじようちえん - mezzanine
    zaikabou
    zaikabou 2007/05/13
    ふじようちえんの内覧会の模様。
  • 東北への旅―青森 - mezzanine

    会社が終わり、夜行バスに間に合うギリギリの時間まで仕事をして東京駅へ。駅前ではところどころで夜行バスが出発を待っている。私は空港も駅も好きだが、東京駅の夜行バス乗り場もまた別な意味で好きな場所のひとつだ。日の駅や空港、あるいはバスターミナルといった空間は、どこの地方でも同じ表情を見せるコンビニのような均一性をみせているように思えるが、東京駅の夜行バス乗り場は、バスを待つ集団がある雰囲気をかもし出し、東京の中でも特殊な空間を浮かび上がらせているように思える。人が場所の印象を形作っているというか。独特な感じがするのはたぶん「地方」の匂いが強い感じがするからで、なんだか懐かしさをおぼえるのだ。かつて東北から上京してきた人が集まったのであろうかつての上野駅を想像したり、あるいは、仕事を求めてきた中国の地方の人々でごった返す上海駅を思い出す。 * 前置きが長くなったが、そういうわけで青森と岩手に一

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    zaikabou
    zaikabou 2007/03/25
    なんか、しみじみと、よい
  • 森山邸/西沢立衛 - mezzanine

    もう昨年末の話だが、たにお氏と森山邸(設計:西沢立衛)を訪れた。 東京都のとある住宅地に建つこの集合住宅は、敷地の中にボリュームが分散し、それぞれが庭によって分け隔てられている。 *1 ここを訪れると同時に、これって住めるの?!みたいな感覚をおぼえ、建築を見ながら、私だったら住みたくないなあ、と思ったのも事実だ。 この建築で注目したのは、窓が大きくて、(これはたまたまだろうが)さらに住んでいる方がその窓のカーテンを開け放して生活しているという点で、いわばプライバシーをさらけ出して住まわれているところである。 私事で恐縮だが、私が住んでいる部屋はカーテンを開けてしまえば向かいから丸見えになってしまう。知らない人から見られるのは嫌だ、というのは当たり前の感覚だろうが、そうした状況から私はカーテンを閉めっぱなしている。私が森山邸に住んだとしたら、やはりカーテンを閉め、大きな窓の意味を犠牲にしなが

    森山邸/西沢立衛 - mezzanine
    zaikabou
    zaikabou 2007/03/11
    不思議な家。住みやすいのか、住みにくいのか
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