海外で11年暮らしてた経験…といっても先進国である米国の大都市NYに暮らしたワケですが、そこで感じたのは、従業員が日本みたいには真面目に働かないなぁ…って事でした。で、これ、あとから「ああ、真面目の方向性が違うのか…」って認識に少… https://t.co/8sUxCRTCMD
書こうか書くまいか、この期に及んで悩んでいる。 先日、女性上司を持つ30代の女性たち数人にフォーカスインタビューを行ったのだが、その内容がかなり衝撃的で……。書き方をちょっとでも間違えると、ややこしい問題に発展しそうな気がしているのだ。 テーマは「女王蜂症候群」──。 もちろん、銀座のクラブの名前ではない。 「女王蜂症候群(クインビーシンドローム)」は、今から50年近く前の1970年代、米ミシガン大学のグラハム・ステインズ、トビー・エプステイン・ジャヤラトナ、キャロル・タブリスの研究論文「The queen bee syndrome」( Psychology Today, 1974)で使われた言葉で、男社会で成功した女性が、自分の地位を守るために他の女性の活躍を快く思わない心情を表している。 “女王蜂”は、男社会の中で必死で頑張ってきたエリート。育児も仕事も完璧にこなすスーパーウーマンで、
「この人デキる~~」 って方と仕事をさせていただくと……、それだけでスッキリする。 ストレスが全く溜まらないというか、かゆいところに手が届くというか、刺激されるといいますか。とにもかくにも「よし、がんばるぞ!」とやる気スイッチがオンされるのだ。 ところが、そのデキる人が、“またまた”遠くに飛ばされた。 そう。“また”なんです。これまでもそうだったように、ラインの外へ異動されられてしまったのである。 「仕事ができる人=出世する人」ではないってのは、おそらく多くの人たちが感じていることで、会社という組織では、デキる人ほど最後の最後で、「ナンデやねん!!!」というポジションに異動になることが多い。 言うまでもなく「デキる人」というのは、私の主観でしかない。が、残念。実に残念で。組織の外の人間からすると、意味不明、としか言いようがない。 なぜ、デキる50代が弾かれていくのか 20代、30代であれば
ここ数週間、無責任さをやたらと見せつけられているようで、私は少々うんざりしている。ええ、そうです。“総理のご意向”文書から始まった加計学園を巡る問題での、お偉い方たちの対応である。 安倍晋三首相の対応はもとより… 菅義偉官房長官の「怪文書」発言や前川喜平前文科省事務次官への「個人攻撃」。 「文科省から出向してきた人で、陰で隠れて本省の方にご注進したようなメール」と部下を切り捨てた山本幸三・地方創生担当相。 「知らぬ存ぜぬ」の萩生田光一官房副長官。 文科省との調査結果を真っ向から否定する藤原豊審議官。 さらには、 「内容は正確性を著しく欠いていた」と、なぜか謝罪した松野博一文科省大臣。 「ここに書いてある事実の部分はどこ?」と聞かれ、しどろもどろの文科省の官僚たち……。遂には「全国どこにでも獣医学部を作ります!」とのトップのお言葉まで飛び出した。 なんとも……。 思い起こせばかねてから組織心
自民党の河野太郎議員が12月23日のブログで、日本年金機構の年金事務所におけるファイルの整理方法について疑問点を指摘。「アイウエオ順」ではなく「イロハ順」を使用していることについて今後調査する意向を示しています。 衆議院議員 河野太郎公式サイト 投稿によると、全国の年金事務所のうち「アイウエオ順」を使用しているところが114カ所、「イロハ順」を使用しているところが198カ所と、イロハ順の方が多い現状が明らかに。ネットでは「唖然とする」「何のたとえ話かと思ったら現実だった」「こんなことになっていたのか」と話題に。 これに対し河野議員が「通常の並び順でないため、担当者がすぐにファイルを取り出せず非効率ではないか」と質問したところ、厚労省年金局から「“イロハニ”に不慣れな職員が対応に困ったり、お客様を長時間お待たせしないように、各職員の机にイロハニ順を書き出した紙を要しするなどとともに、ファイル
運動会シーズンということで、お天気も微妙な日々が続く中、やきもきしている人も多いと思う。僕はと言えば、子どもの頃は何かに向けて打ち込んで、その成果を出すことに対する意欲がまったくない人間だったので、運動会が楽しみだったとかいう記憶もなく、したがって前日にお天気でやきもきした覚えもない。ところが親になると、朝の9時に運動会を実施するかどうかは7時のメールで連絡する、なんて言われて、ぎりぎりまでお弁当の用意の算段がつかないとなるわけで、否が応でも敏感になってしまわざるをえない。なんでそうなるのかというと、「できる限り実施できるようにしたい」と関係者が考えているからであり、少なくない数の親が「子どもがこの日のために頑張ってきたのだから、なんとか予定通り実施して欲しい」と思っているからなのだろうと推測する。 こうした感情が、いわゆる「組体操問題」をややこしくしているのだろうと思う。内田良先生の大活
講演会の講師で呼んでいただくと、講演開始前に控室で雑談をすることが多い。それは先方のニーズに合った話をするための貴重な時間であり、会社の上司部下関係が垣間見える絶好のチャンスでもある。と同時に、世の中の流れのようなものを肌で感じることもできる。なので、時間の許す限りいろいろな話をするようにしている。 で、最近。正確には今年に入ってからなのだが、トップと社員の“温度差”のようなものを感じることが増えた。 なぜ今年になって増えたのかはわからない。単なる勝手な思い込みかもしれないのだが、なんともいえない微妙な空気感が肌に突き刺さることが少なくないのである。 例えば、中間管理職の方たちと話しているときに、 「ウツになる社員が後を絶たなくて……」 「パワハラがやはり、ありまして……」 「辞めてしまう女性が多くて……」 なんて社内事情を伺うとする。 その後、トップの方に(たいていの場合、トップの方が控
重用(ちょうよう:その人を重んじて重要な役に付ける事) ジョブスは明らかに一緒に仕事をしたく無い種類の人だろう。 富野由悠季が語る言葉は、一般人とは違うものを指している。 松下にしろホンダにしろ創業者のエピソードは無茶な物が多い。 何かイノベーションを起こす人というのは、常識と違う所に価値感がある。 奇人変人の類ではないか。 今もしそういった新入社員が居たら、縄張り争いの末に潰される。 今もしそういった中堅社員がいたら、キチガイな部分を極力抑えて個性を殺している。 しかし奇人変人は成功を収める可能性がある。 空気を読まない、慣習に沿わない、善なるタガが外れてる。 そういった武器があるから。 日本の社会は成熟し過ぎていて「異物を排除」する傾向が強い。 なんらかのポストが空いた時、そこに誰を付けるかは「もっとも波風を立てない人」が選ばれたりする。 波風立てずにイノベーションが起ると思ってるなら
検索結果によって人の流れを自由に操る力をもつGoogle。その中で「よい上司」としてチームをまとめ結果を出すには何が必要なのでしょうか。人事チームによる解析計画「Project Oxygen」によって実に驚くべき結論が現れました。 Google流マネジメントの限界 Googleが採用するのは一言でいえば「天才」。豊富な知識と高い技術力をもち、しかも自分で考えて動ける人々が厳しい倍率を潜り抜けてやってきます。そういう人材に自由にさせておけばそれなりに結果が出る……これがGoogle流マネジメントだ、というのが共通の見解でした。 しかし実際には「デキる」チームとそうでないチームが生まれてしまうという現象が起こっていました。しかも「デキる」チームは何をやってもよい結果を出してしまうのです。ならば「高い能力を持った管理職」が大事なのではないか、そういう人物は何を備えているのか。これを探るべく人事チ
滋賀県大津市で起きた、いじめ自殺事件が波紋を広げている。ここにきて、急にいじめが増えたわけでもないだろうが、新たな事案が次々と明るみになっている。 日経ビジネス7月16日号の特集「老人ホーム革命」では、介護現場における虐待の実態を紹介した。そこでふと思ったのは、教育と介護の現場が抱える問題に共通項があるのではないか、ということだ。 教育や介護の現場は、言うまでもなく「神聖な空間」であり、そこで働く人間は「聖職者」に近い存在である。だが、いずれも弱者に対する暴力といった「闇」を抱えている。そして、臭い物に蓋をするかのような隠蔽体質が、たびたび指弾されている。 だとするならば、教育現場は、「老人ホームの成功例」に学ぶべきことがあるかもしれない。 老人ホームでの虐待は増える一方 介護士が、入所者の老人に暴言をはき、暴行を加える――。 介護施設における虐待の実態は、なかなか明るみに出ない。虐待被害
コミュニケーション能力の高い奴は仕事が出来ない。(場合がある) 凄く昔の話をすると。 当時、自分が居た小さな部署はコミュニケーション能力が高い人ばかりであった。 相手を気遣い、ウィットに富んだ会話をし、円滑に物事を進める。なにしろコミュニケーション能力に欠ける俺がそこに居ても居心地が悪くならない程だった。すげぇ。 空気を作るのも読むのも絶品の能力者達。 が、はたと気づくと仕事があまり進まないのだった。 殆どの仕事を俺ともう2人いたコミュニケーションに難のある人が地味に片づけたり自動化したり闇に葬ったりしていた。なんか俺らばっか仕事してる。 「オカシイな、この人たち能力凄く有るのに」 実は能力がある訳では無かったんですな。 人間の能力は、ゲームのポイント割り振り制に類似すると思う。(いやゲームの方が真似したんだけど。) 初期ボーナスポイントの大小はあれど、攻撃力にポイントを振れば防御が甘くな
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企業のグローバル化がますます進んでいる。その結果、外国人上司の下で働くことも増えてくるだろう。外国人上司と日本人上司では、どのくらい考え方が違うのだろうか。両者の間にプロジェクトマネジメントで異なる点はなにか。 今回、ソフトウェア開発における外国人上司と日本人上司の意思決定の違いについて、匿名の経験者に話を聞いた。氏は誰もが知る日本の大手電機メーカーのグループ会社を経て、現在は外資系IT企業に勤務している。日本企業では日本人上司と、現在所属する企業では外国人上司と仕事をしており、ソフトウェア開発の進め方に大きな差異があると語ってくれた。 1. 「ベストケース」と「ワーストケース」どっちを選ぶ? たとえば、新規のソフトウェア開発プロジェクトがあるとしよう。トラブルがなく、すべてが順調であるなら3カ月でできるかもしれないが、何かトラブルがあれば9カ月かかるかもしれない。 こういう時、トラブルが
自分のささやかなサラリーマン人生において、大きい会社(の一部)も小さい会社も見てきたけれど、そこで気付いたことがあって、そんなもやもやが堆積してきたのでここに吐き出す。たぶんまとまらない。 サラリーマンには2種類いる。 会社を肯定する奴と文句ばかり言う奴、ではない。会社の文句を言う一方、同じ口で会社を肯定することも言う奴、と、会社のことを肯定も否定もしない奴だ。*1 自分の所属する会社に対して不平を言う人はけっこういる。取締役会の決めることや人事異動や予算配分やプレスリリースにしじゅう文句を抱えていて、お昼休みや飲み会やタバコ部屋であーだこーだいう話をする人はたぶんどこにでもいる*2。 曰く、なんで会社が利益を出せているかが分からないくらいだ、会社がなんで存続できているかが不思議だ、あの上司はなんにもわかってない、今度のアレは失敗するに決まってる、あそこのアレがいつまでも改善されなくてうん
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