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原発に関するBasilio_IIのブックマーク (13)

  • 福島原発事故に対する省察 - 玉川大学出版部

    原子力技術や原子力政策に関する諸研究に深く関わる執筆者のほか、当事者性を強く持つ執筆者が、学会内外・国内外を横断して幅広く寄稿する。「福島原発事故」について「特に明確に自己言及を意識した省察」を記録。「3・11」と向き合う多様な分野の人々を結びつけ、科学技術社会論が切り込むべき視角・視座を浮き彫りにする。 《特集=福島原発事故に対する省察》 福島原発事故に対する省察―特集にあたって(神里達博・寿楽浩太) 《事故を見つめる目》 福島事故から4年半―日は失敗から学べているか?―(鈴木達治郎) 福島原発事故のいっそうの教訓化を求めて(伴英幸) 原発過酷事故に如何に対処するか(吉岡斉) 《技術者からの問いかけ》 原子力研究者の一人としての問い―STS研究者へ―(北村正晴) 不確かであっても安全が保たれているということ(山口彰) 原子力技術者は倫理を持ち得るか―技術士「原子力・放射線部門」の10年

    福島原発事故に対する省察 - 玉川大学出版部
  • 「吉田調書」を正しく読み解くための3つの前提 「朝日 vs. 産経」では事故の本質は見えてこない——社会学者・開沼 博

    1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポ・評論・書評などを執筆。 著書に『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『はじめての福島学』(イースト・プレス)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)、『地方の論理 フクシマから考える日の未来』(同、佐藤栄佐久との共著)、『フクシマの正義 「日の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)『「原発避難」論 避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで』(明石書店、編著)など。 第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。 DOL特別レポート 内外の政治や経済、産業、社会問題に及ぶ幅広いテーマを斬新な視点で分析する、取材レポ

  • どうしてぼくたちはすれ違うのか ―― 社会学者が語る、震災後の断絶の乗り越え方/開沼博×五十嵐泰正 - SYNODOS

    福島第一原発事故によってホットスポットとなった千葉県柏市。「この野菜は、べられるのか」と、農家と消費者のあいだに「断絶」が生じてしまった。『みんなで決めた「安心」のかたち』の筆者である五十嵐氏と、『「フクシマ」論』にて原発を誘致した福島の背景を分析した開沼氏が、震災後の「断絶」の乗り越え方について語りあった。(構成/山菜々子) 開沼 こので一番心に残ったのは、社会学者である五十嵐さんがこのような問題に取り組み、農業と社会との橋渡しをしている点でした。当時は農家の方たちは放射能の問題に真剣に取り組んでいるのに、社会は無関心であった。みんな震災と原発事故の影響を心配しているような顔をしていましたが、そこには明らかな「断絶」があった。こういうときにこそ、普段は「社会的弱者がどう」とか「コミュニケーションと信頼がどう」とかいっている社会学者が動くべきなのに、なんで動かないんだと思っていました

    どうしてぼくたちはすれ違うのか ―― 社会学者が語る、震災後の断絶の乗り越え方/開沼博×五十嵐泰正 - SYNODOS
  • [PDF]福島第一原発事故と4つの事故調査委員会(国立国会図書館『ISSUE BRIEF』No.756)

    ISSUE BRIEF 福島第一原発事故と 4 つの事故調査委員会 国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 756(2012. 8.23.) 経済産業調査室・課 東京電力福島第一原子力発電所は、炉心溶融(メルトダウン)と水素爆発を伴 う過酷事故(シビアアクシデント)によって、大量の放射性物質の飛散と汚染水 の海洋流出を引き起こした。この事故を調査し、原因の究明や対応の検証を行い、 さらには事故の背景を分析することは、今後の原子力政策を見直す上で極めて重 要なことである。この目的のため、国会、政府、民間、東電に事故調査委員会が 設置された。稿は、既に公表されたこれらの 4 つの事故調査報告書の概要をま とめ、主な論点について比較を行う。 4 つの報告書によって、事業者と政府(行政)の事故防止対策、事故対応、防災 対策等に不備、不手際、改善すべき課題が数多く存在していることが明

    Basilio_II
    Basilio_II 2012/08/23
    4つの事故調査報告書の概要と主な論点の比較
  • 事故調乱立は民主主義の証

    東日大震災を受けて、世の中が大きく変わっていく中で、日々のニュースに触れて、いろいろと考えなければならないテーマが出てきました。商業的な出版や学術的な論文の執筆にまでは至らないものの、これからの世の中をどう見ていけばよいのかということを社会科学者として見つめ、分析し、何らかの形で伝達したいという思いで書いています。アイディアだけのものもあるでしょうし、十分に練られていない文章も数多くあると思いますが、いろいろなご批判を受けながら、自分の考えを整理し、練り上げられれば、と考えています。コメントなど大歓迎ですが、基的に自分のアイディアメモのような位置づけのブログですので、多少のいい加減さはご寛容ください。 日のテレビ朝日系列「報道ステーション」で、東京電力の社内事故調査の報告書を受けて、コメンテーターの三浦氏が、政府、国会、東電、民間事故調の四つを挙げ、事故調が乱立気味であり、真実が何か

    Basilio_II
    Basilio_II 2012/06/21
    "「真実は一つ」ではなく、様々な角度から見える「複数の真実」を突き合わせ、政府や国民は複数ある分析や解釈の中で何を選び取っていくのか、ということこそ、民主主義的な営みなのである。"
  • 「フクシマ」を世界はどう報じたか : 日本政府の情報発信と報道を再考する | CiNii Research

    JaLC IRDB Crossref DataCite NDL NDL-Digital RUDA JDCat NINJAL CiNii Articles CiNii Books CiNii Dissertations DBpedia Nikkei BP KAKEN Integbio MDR PubMed LSDB Archive 極地研ADS 極地研学術DB 公共データカタログ ムーンショット型研究開発事業

    Basilio_II
    Basilio_II 2012/04/10
    「産経、読売新聞は、結果的に誤報を出した。十分な検証をしなかったことは明らかだ。」「このような”あさはか”な報道が外国メディアにより増幅して海外に伝えられた可能性がある。」
  • 福島 フクシマ FUKUSHIMA 原発収束作業の現場から ある運動家の報告

    (車両のサーベイを受けている。サーベイに当っているのは、中国電力から応援にきた放射線管理員。Jヴィレッジ・除染場) 反貧困の社会運動に長年とり組んできた大西さん(仮名)が、現在、福島第一原発と第二原発の事故収束作業に従事している。 その大西さんから、昨年末から今年2月にかけて、お話を聞いた。 〔インタビューはいわき市内。掲載に当たって、特定を避けるための配慮をした。〕 お話が多岐にわたる中で、編集上、4つの章に整理した。 【Ⅰ】【Ⅱ】【Ⅲ】では、高線量を浴びる現場で、放射線管理員として作業に携わっている状況の報告。被ばく労働、雇用や就労、地域との関係などの実態が語られている。 【Ⅳ】では、原発労働者の立場から、反原発・脱原発の運動の現状にたいして、鋭角的な問題提起が行われている。 事故収束作業に従事する労働者へのインタビューや、ライター自身が中に入るという形で書かれたルポはある。しかし、原

    福島 フクシマ FUKUSHIMA 原発収束作業の現場から ある運動家の報告
  • 放射能に対する偏見、差別、反原発。誰が誰と対立していて、どう折衷しうるのか

    最近むしゃくしゃしていた気持ちを地下さん@tikani_nemuru_Mにぶつけてみたところ、丁寧にお返事いただきました。ここから有意義な展開に繋がるかもしれないと思ってまとめて公開します。 コメント欄でもたくさんご意見頂いています。是非ご覧下さい。 ※3/3 13:00頃、大幅にツイートを追加しました。

    放射能に対する偏見、差別、反原発。誰が誰と対立していて、どう折衷しうるのか
  • 原発震災に対する支援への補足

    ここ数年ほど細々とブログをやっておりましたが、このたび思いがけず私の論考「原発震災に対する支援とは何か」(以後「稿」)に大きな反響を頂き、一時的にとは思いますが「細々」でなくなってしまいました。他のブログや私の書いたものをご覧いただくとわかりますが、私は、広い意味での医療や福祉に関する研究をしている者です。通常は稿のような「一人称」の論考を書くことがない者で、今後このような論壇に登場することもないと思っています。とはいえ、私のことをたまたま稿でお知りになった方につきましては、これも何かの縁ですので、以後お見知りおきを。 さて、以下ではこれまで頂いた意見を踏まえて少し補足的な説明をさせて頂こうと思います。といっても、個々のご意見に応答するというよりは、私が稿に込めた意図を明らかにすることで、誤解の幅を小さくすることを目標にしておきたいと思います。その上で、あらかじめ断っておきたいこと

  • 市民科学者・高木仁三郎氏の再評価=代替案を示し、権力を批判—恐怖先行の今の反原発にない「知性」 : アゴラ - ライブドアブログ

    市民科学者・高木仁三郎氏の再評価=代替案を示し、権力を批判—恐怖先行の今の反原発にない「知性」 / 記事一覧 ■放射能、原子力…混乱を拡大する感情論とデマ 「あの人たち、デマばかり流して何を考えているのだろう。しかも楽しそうなのが腹ただしい。福島が壊れる方が彼らの主張にとっていいことなのかもね。高木仁三郎が生きていたら、今ごろは東京での政治活動ではなく、福島に移り住んで放射能を測定し、市民講習会を毎日開いていたよ」。エネルギー政策の研究者が、今の反原発運動をにがにがしげに話していた。 福島第一原発事故の放射能をめぐる混乱は続いている。その一因は不正確な情報をもとに、反原発の人が騒ぎ続けていることだ。福島の健康被害の可能性はない。それなのに「福島で200万人ががんで死ぬと予想」(クリス・バズビー氏、自称研究者)とか、「(東北では)畑に青酸カリをまいたようなもの」(武田邦彦氏、自称研究者)と

  • 「放射能いじめ」に傷つく親子 福島に帰れない生活で高まる孤立感と無力感 | JBpress (ジェイビープレス)

    福島県からの帰路、群馬県P市に行くのは思いのほか不便だった。結局、東京まで戻って浅草から東武鉄道に乗った。通勤客のために乗り入れている地下鉄の終点を過ぎて、なお1時間近く北に走った。平野の向こうに、雪をかぶった山が見えてきた。群馬県のシンボル、赤城山だった。 「私の車、すぐに分かりますよ」 木下礼子さん(40)は電話で言った。 「福島ナンバーは私だけですから」 終着駅の駅前はがらんとしていた。冷たい北風が吹き抜けている。真新しい駅ビルが不釣合いだった。黒い軽ワゴン車の横で茶髪のロン毛ママが手を振っていた。木下さんだった。 「車、ボコボコでしょ?」 木下さんは運転しながら笑った。そうですか、と私は曖昧に答えた。南相馬市でも毎日車だったんでしょう? だったら・・・そう問うたが、木下さんは答えなかった。 事情はすぐ分かった。ずっと南相馬で生まれ育った木下さんは、避難してきたP市の地理に不慣れなの

    「放射能いじめ」に傷つく親子 福島に帰れない生活で高まる孤立感と無力感 | JBpress (ジェイビープレス)
  • SYNODOS JOURNAL : 原発震災に対する支援とは何か ―― 福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理 猪飼周平

    2012/2/39:38 原発震災に対する支援とは何か ―― 福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理 猪飼周平 1.私の原発震災への関わり   私はもともと福島には縁の薄い者であったが、いくつかの偶然が重なって、福島市の「ふるさと除染計画」の策定を非公式な立場から支援するようになった。その主な内容は、除染ボランティアの受け入れ態勢の整備の手伝いといったところである。この分野に何の専門性ももたない私としては、それは、専門家としてではなく、自分自身でドブさらいや草むしりするだけでも少しは役立つこともあるだろうくらいのつもりで始めたことであった。とはいえ、除染ボランティアはその是非を含めて大変センシティヴな問題を含んでおり、状況が変わればその意味合いが大きく変わってしまうような性格をもってもいた。このため、この問題に多少なりとも責任のある関わり方をしようとすれば、状況を追いかけてこの問題につ

    Basilio_II
    Basilio_II 2012/02/05
    「現地の人びとにとってみれば、自分たちの街、田畑、山林を安全にする手助けをしてくれる人であれば、それが「原子力村」の人間であろうが、そうでなかろうが関係ない。」
  • 地震と大津波と原発の危機があった年に

    ちょうど一年前の大晦日には、このブログにこんなことを書いていた→ 「2010年-この国はいったい何を恐れているのだろう」 その時には3月11日の大地震ようなことが起こると考えてもいなかったし、あの日を境にこの国は大きく変わったはずだとも言える。先日、イタリア人の映画ジャーナリストに取材を受けたときにも、自分で「2011年3月11日は1945年8月15日と同じくらい重要な日付けだ」と言っている。 イタリアの日映画ウェブサイト「Sonatine」 Matteo Boscarol によるインタビュー(英語) 同、レビュー しかし一年前に書いた昨年の総括と、その決定的な日付けから8ヶ月以上も経った今の現状を比べると、質的なことはなにも変わっていないのだ、とも思えて来る。 平気で嘘をつく人々と、その嘘に平気で騙される人々。 もはやなにも筋が通らない、筋を通すことを誰も気にもせず、閉塞感を皆が愚痴

    地震と大津波と原発の危機があった年に
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