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  • 高齢の母が詐欺にあった話 - ヒロニャン情報局

    私は、田舎町で母親と一緒に実家で暮らしています。 父の他界がなければ、どこかへ行くつもりでしたがとどまる事にしました。 ド田舎と言ってもいいこの土地では、詐欺まがいの商売の人がよく来ていました。 自宅に日中いるのは高齢者だけという家が多く、高齢者の一人暮らしも多いため訪問販売や移動販売などがくるんです。 焼き芋の移動販売がまだ可能だった頃には、一1000円の焼き芋を買わされたこともありました。 金を買いますと自宅にとどまる男性もいれば、不要品や鉄くずをくださいと何度も訪ねてくるし、他にも野菜や豆腐、りんごやスイカ、物干し竿などもよく来ていました。 近所の高齢者は、わざわざ遠くから来たんだからという理由で買っているようでしたが、私の留守中にそういうものを買わないように母にきつく話していました。 それでも、ポスティングされていたり近くの集会所で「砂糖や醤油などの調味料をプレゼントします」とい

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  • 不妊症治療で残ったもの - ヒロニャン情報局

    結婚してそれなりに性生活をこなしていれば赤ちゃんに会えると思っていましたが、全くその兆候もなく、焦り始めたときに不妊治療していた友人に紹介してもらい、婦人科に通うことになりました。 タイミング療法や体の検査を行いました。 最初は私だけでしたが、検査結果に異常はなかったので、旦那にも検査を受けてもらいましたが、異常は見つかりませんでした。 不妊症と言っても、必ずしも原因がはっきりするわけではないそうです。 排卵日にエッチをするタイミング療法、最初は頑張るぞとお互いに思っていましたが、その日に絶対にしないといけないというのはすごく嫌なものでした。 お互い仕事もしていたので、必ずその気分になるかというとそうでもないのです。 タイミング療法では授からなかったので、人工授精と体外受精と進んでいくのですが、これが結構なお金がかかるのです。 会社員同士だと、当に負担でした。 これで、絶対に結果が出るな

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  • シングルマザーで貧乏生活を送っていますが心までは腐っていない - ヒロニャン情報局

    未婚のシングルマザーの私は、派遣で生計を立てています。 まだ子供が6歳ということもあり、これからお金が沢山かかります。 今は近くに住んでいる両親に子供の世話を任せているので、何とか仕事と子育てを両立しています。 しかし現在世界中で蔓延している新型コロナウイルスの影響によって、つい先月に次の更新はしないということを言われました。 さすがに今の仕事を失うと貯蓄もほとんどありませんので、かなりまずい状況でした。自治体による支援もあまり期待できませんので、がむしゃらにアルバイトの求人を応募しまくりました。 さすがに40代で子供がいるとアルバイトすら採用されるのが難しいです。 まして、日中が新型コロナウイルスの影響によって職を失っていることもあり、アルバイトの応募が殺到しているということを面接官に聞きました。 それを聞いたら、より一層厳しいと思いました。 ですが、諦めずにアルバイトの求人には応募し

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  • 子供のお陰でやり直せました - ヒロニャン情報局

    私の人生は最悪そのものでした。 小さい頃から両親に虐待されて、学校ではいじめられてどこにも私の居場所はありませんでした。 「こんな人生嫌だ。生きていたくない。」 そう思って何回も自殺しようとしました。 そんな中、主人(当時は彼氏でしたが)と出会って、高校卒業と同時に逃げるように実家を出ました。 そして主人と二人で同棲し始めてから、今までの無理が出て精神病になりました。 当時は主人は正社員として働いていましたが、私は19歳で精神疾患持ちで無職なので酷かったです。 でも決して病院には行きませんでした。 なぜなら精神科は、私よりもっと酷い症状の人が行くところだと思っていました。 「私はまだ軽いほうだ。私が病院に行ったら他の人が診察できなくなってしまうかもしれない。」 そんな妙な考えから、病院にはどうしても行けませんでした。 そんななか、主人が震災の影響で仕事をクビになってしまいました。 私は精神

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  • 義理の父親からお金の無心 - ヒロニャン情報局

    主人と二人暮らし,子供なしの49歳女性です。 主人は介護現場で働き,私はパートで教育機関の事務の仕事をしています。 子どももおらず一応共働きなので生活に窮しているわけではありませんが,2人とも決して高給取りではないので,コツコツ働いて小さいながらマイホームも購入して暮らしています。 結婚して24年になります。 主人の実家が車で30~40分くらいの場所にあり,義父と独り身で障害持ちの長男と二人で暮らしています。 義父は昔祖父から受け継いだ会社を経営していたようですが,いろいろあって倒産してしまい,その後は今は亡き義母のパート収入で生活していたようです。 私が長年抱えているトラブルは,義父のお金の無心です。 義父は持ち家があるのですが,相当古くてキッチンやお風呂,トイレなどあちこちの設備が壊れて使えなくなったりした時に,息子である主人にそれを請求してきます。 最初はロールカーテンが壊れたので買

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  • サイコパスな大ウソつき女 - ヒロニャン情報局

    私(男性)の同僚の40才の女性の話です。 中途の同期入社ということもあり、意気投合、彼女は業界も違うこともあり、とてもとまどい、私に事あるごとに助けを求めてきていました。 頼られるのは悪い気がしないので、親しくなり、飲みに行く仲に。 彼女は人曰く良家のお嬢様で聞けば歴史ある家柄だとか。 しかも大金持ちということで、一目置いていました。 あまりにもPCスキルとか疎くて、エクセルとかパワーポイントもほとんど使えないので、まあお嬢様だししょうがないかな、と細かい資料作成まで手伝っていました。 彼女は港区のめちゃくちゃ高級住宅街の大豪邸(高級マンション)に住んでいるそうで、そのマンションのホームページも見せてくれました。 すごいでかくて、芸能人とかも住んでいるといううわさを聞いたことのあるマンションです。 このレベルのを2つ所有していると言っていたので、これは当にすごいな、と感心していました。

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  • 夫が突然仕事に行かなくなる事態が数年おきにやってきます。 - ヒロニャン情報局

    40代夫が浪費家。しかも失職癖があり、たびたび失職します。 1年~3年くらい仕事が続いたと思ったら、ふと仕事に行かなくなってしまうんです。 原因は「正社員になれたけど、正社員になった途端残業やイジメが増えて嫌になった」とか、「ぜんぜん休みをもらえない。有休も使わせてもらえない。パワハラがある」とか…。 仕事に行かなくなってしまう原因が会社にあって明らかに同情できるようなこともあれば、人のやる気があまりにも少なすぎて勝手に仕事に行かなくなってしまうこともあり、原因はさまざまなんです。 とにかく「夫がある日突然仕事に行かなくなる」事態が数年おきに突然やってくるので、とても困ってしまいます。 「ある日突然仕事に行かなくなる」をやられた後、夫は一週間~一か月ほど貝のように引きこもって何も話さなくなるので、会社に退職の手続きをしに行くのは私です。 「夫が迷惑をかけて申し訳ありません」と頭を下げなが

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  • 女性蔑視の職場だった造船工場 - ヒロニャン情報局

    私は地元の商業高校卒業後、新卒で造船工場に就職しました。 その職場は当に酷い職場でしたが、高校からの推薦で就職したので、簡単に辞めることも出来ず我慢して働き、結果3年目で病になってしまい退職を余儀なくされました。 その造船工場での出来事を紹介したいと思います。 私が就職した当時は、まだバブル景気が終わりかけていた頃で、造船業界もそれほど景気は悪くなく、私が就職した地元の造船工場でも大量に高校の新卒を採用していました。 私もあまり深く考えず、ただ家から近いと言う理由と高校の推薦があると言うだけで、その造船工場に就職してしまいました。 まさか、その後のバブル崩壊による大量リストラや工場閉鎖などがあるなんて、予想もしませんでした。 今にして思えば、社会人になるのに非常に考えが甘かったのかもしれませんが、高卒の女子が未来の日の行方をそこまで深く考えて就職するかと言えば、やっぱり少し無理がある

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  • 夫は会社の倒産により蒸発してしまいました。 - ヒロニャン情報局

    こんにちは。わたくしは40代半ばの女性です。 現在はフリーランスとして活動しております。 ところでわたくしは過去にひどい貧乏体験をした事がありますので、その貧乏体験を書いていきたいと思います。 「夫の会社の倒産と蒸発」 わたくしは小さい頃から比較的普通の家庭に育ち、平凡な夫と結婚をしました。至ってささやかな幸せな毎日を送っておりました。 そして、夫は昔からの夢である会社を興しました。 その会社はすぐに軌道に乗り、中々裕福な暮らしをさせてもらいました。 ところが不況の風にあおられてしまい、あっけなく倒産としてしまいました。 夫は会社が倒産してから会社の後始末をきちんとしてから、わたくしを抱きしめて「ありがとう。当にありがとう。幸せだったよ。」と言って、蒸発してしまったのです。 夫の事を探すには探しましたが、結局見つかりませんでした。 この時、わたくしの財布の中身はたったの678円・・・。

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  • 行き遅れてもそれが「私らしい生き方」、前向きでいきましょう! - ヒロニャン情報局

    私のしくじりエピソードはズバリ「親の介護で行き遅れてしまった事」です。 超高齢化社会の現代、男女共に「親の介護」で結婚の時期を逃してしまったという人は多いと聞きます。 そして、私もその中の1人です。 20代前半に親が倒れ、それまで何不自由なく自分の事だけしていればよかった生活から一変し、親は勿論その親の介護、世話もしなくてはならない状態になってしまいました。 今は「なるべく仕事はやめない方が良い」という考え方が主流です。 しかし当時の私は仕事と家事、介護の両立に心身ともに疲れ果てていて、仕事をやめて家事、介護の専念を選びました。 それから15年近く時間が過ぎましたが、当然出会いはなく、職歴もなく、また友人とも疎遠になってしまい、時々「自分の人生って一体何だったんだろう」と時々むなしくなります。 その約15年間、完全に社会から孤立している訳ではなく、全く仕事をしていなかった訳でも、全く友人

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  • 同い年の子のおさがりを欲しがる節約大好きママ - ヒロニャン情報局

    今は縁切りしてしまった、ドケチなママ友の話です。 Yちゃんのママはとても気さくで話しやすい印象の方でした。 娘が幼稚園に入ったときに知り合って、娘が第一子だった私は上に兄弟がいるYママにいろいろなことを教えてもらって仲良くなりました。 出会った当初から「私節約するの好きなんだよね」と言っていて、私は「そうなんだ、えらいなあ」と思っていました。 でも付き合っていくうちに、「ん?」と思うことが増えてきて……。 出会ったばかりの4月、初めてうちで遊んだ時、部屋に入るときにまず聞かれたのはうちのwi-fiのパスワードでした。 ママ友ってそんなこと聞くのかな、とちょっとびっくりしましたが、子どもが小さいうちは一緒に家で遊ぶ機会も多いだろうし、と思って教えてあげました。 思えばこの段階から「ちょっと変だな」と違和感はあったのです。 何度か家を行き来した後、また私の家で子どもを遊ばせていると、急に「クロ

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  • ミニマリストの生活スタイル - ヒロニャン情報局

    数年前から流行り出したミニマリスト。しかし、なかなか周りにはいない存在でもありレアです。 また、いたとしても極端に若い方か年を重ねている方が多いです。ですから、どういった生活をしているのか覗くことも出来ずにいました。 でも今となってはわたし自身がミニマリストなのでザックリと生活を紹介いたします。 それが、少ない生活必需品で、オンリーな生活を楽しみ謳歌するといった最強なマイノリティーなのです。 単純にいえば部屋に物がない殺風景なイメージを思い浮かべるとベストです。 かなり周りの方には正直打ち明けると「え!っと」言われてしまいますが、自分さえよければ気分もよくなり働く意欲も増します。 ミニマリストはマイナスなイメージを受けられがちですが、まったく違うのがミニマリストの考えなのです。 それは、物が無い事で味わえるフリーな空間があること。家に帰ればストレスフリーな空間の広さあること。 掃除をするに

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  • 離婚は絶対やばいと思わせた姉の離婚 - ヒロニャン情報局

    姉はバツイチです。 姉の性格はとても気丈で頼り甲斐があるのですが、ちょっと強引なところがあります。マザコンやシスコン、既婚者などなど、今まで変な男が寄ってきていたので私はずっと心配していました。 ある日、結婚したいと言い出したのはオタクのストーカー! 同級生だったそのオタクは、姉のことが好きすぎてよく家の前に来て立っていました。さらに姉の誕生日には職場まで花束を持ってきたそうです。 これだけ聞いても正気の沙汰とは思えませんが、もっと頭がおかしいと思ったのが姉が「あの人と結婚してやろうかな」と言ったことでした。 なぜか聞いたら、あれだけ愛してくれる人なら、私が今後何をしても許してくれるし楽な生活が送れるだろうと言いました。 私たち家族は全力で止めたのですが、強引な姉は一度決めたことはやめない性格でした。 気持ち悪いオタクとの結婚式に出ましたが、全く祝福する気になれず、記憶から消えました。 結

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  • 息子と壮絶な闘いの果て警察呼ばれる - ヒロニャン情報局

    私が結婚したのは26歳の時、19歳から付き合い始めた彼と結婚し、直ぐに妊娠しました。 出産は難産で、子供の心拍数が弱り始め、私の体力も限界だったため、急遽吸引分娩に切り替わりました。 幸い、生まれた子供は元気いっぱいな男の子で、嬉しさでいっぱいでした。 病院にいる間は、看護師さんや助産師さんの指示をいただき、夜中の授乳も順調にできていました。 しかし、いざ自宅へ帰宅すると…育児書通りには行かず、四苦八苦。 昼間の授乳は3時間間隔のハズが、飲ませたハズなのに直ぐに泣く。やっと寝かしつけても、少しの物音でも直ぐにギャン泣き… 夜中もそれは変わらず、毎日寝不足が続く中、それでもなんとか若さでやり過ごし、そして離乳が始まると、腹持ちが良くなったのかだんだんとまとめ寝をしてくれるようになりました。 息子が物心つくようになり、ある日のスーパーでの出来事。 たまたま息子が陳列棚の側面にぶら下げているミ

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  • 突然だった母親との別れ  - ヒロニャン情報局

    私が20歳で母が45歳の時、母は糖尿病と診断され、その後、病院に通わず放置していた結果、腎臓が動かなくなり、人工透析をすることになりました。 腎臓が来働いていれば、全身の血液を洗浄するのですが、これが機能しなくなると、週に2回程度、全身の血液を人工的に入れ替える必要があり、そのため、人工透析と呼ばれる腎臓に代わる機械で、治療を受けることになります。 私の母も、この人工透析を受けることになりました。 私の家は地方都市の郊外だったので、病院までの移動は基的に車でないと、大変不便です。 それで、週に2回、母を人工透析のために車で送迎することになりました。 私もまだ高校を卒業後、地元の自動車部品会社に就職して働いていたので、なかなか休むこともままなりませんでしたが、職場に事情を話して定期的に有休をもらって、母親を病院まで送迎していました。 そんな母親との別れは突然でした。 私は、母親が人工透析

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  • 婚約者とこんな辛いことになるとは・・ - ヒロニャン情報局

    今まで生きてきて一番辛かったと思うのは、婚約していた彼氏に別れを告げられて、彼が私の親友と結婚することを知った時です。 婚約をしていた彼氏とは3年付き合っていました。 友人の紹介で知り合った人なのですが、ちょっと話してみると価値観も趣味もぴったりで、世の中にこんなに自分に合う人がいたなんてと感動しました。 彼も「今まで一緒にいてこんなに楽しい人はいない」と言ってくれて、出会って1週間後に付き合い始めたんですよね。 何をしても楽しいですし、自然な自分でいることができて、付き合って2年後には「この人と結婚したい」と思いました。 付き合い始めてすぐに、彼を高校の時からの親友に紹介したんです。 親友も「素敵な彼氏だね」と言ってくれました。 それからよく3人で遊ぶようになりました。 時々彼と親友がすごく親密そうに話をしているのを見て、バカな私は「私が1番好きな彼と親友が仲良くなってくれて嬉しい」と単

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  • 孤立していると打ち明けられ…子供が辛いことが一番辛いです - ヒロニャン情報局

    小学校高学年の娘がある日突然、「私って誰にも必要とされていないのかな?」と言いました。 いつもニコニコ笑顔でいる子なので、一体何があったのかとびっくりしてしまいました。 「どうしてそんなこと言うの?お母さんはあなたがすごく必要だよ」と話すと、子供はうつむいて泣きだしました。 話を聞くと、クラスで孤立しているとのことでした。 娘はサバサバ系で小学校4年生ぐらいまでは男子とよく遊んでいましたが、5年生になると男子が「女子とは遊ばない」と言い出し、女子はもうグループができてしまって入れてくれないのだと言うんです。 うちの子は女子が好きな可愛い物、オシャレな物などにまったく興味がなく、小さな頃からお友達はほとんど男子だったのですが、男子も思春期になってきて遊んでくれなくなったようです。 その話を聞いて、全然娘の辛い気持ちを知らなった自分を責めましたし、クラスで1人ぼっちでいる娘はどんなに辛かっただ

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  • 不要なパートで遭遇した恥ずかしいトラブル! - ヒロニャン情報局

    先月から始めたパートの仕事でトラブルに巻き込まれてしまいました。 結婚前WEB関係の画像処理の仕事をしていました。 子育てがお落ち着いてきたのでスキルを生かせてすごく時給が高い仕事を見つけたので応募すると即採用されました。 職場は普通の家でパソコンと業務用のプリンターが1台ある位で朝9時から夕方5時まで50代位の中国人の社長の男性と2人きりでした。 社長との言葉のコミュニケーションの難しさはありましたが、仕事内容は考えられないほど楽でした。 といのも日によってはまったく仕事の依頼が来ないこともあるし来たとしても社長が全部一人でやってしまうので私はほとんどすることがないという感じでした。 することと言えば昼に社長が作った中華料理を一緒にべることくらいでした。 唯一面倒だったのが毎日制服のチャイナ服に着替えなければならないことでした。 社長が中国人だからなのかなと思って納得するようにしていま

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  • 焦ってしまった住宅ローンの大失敗 - ヒロニャン情報局

    私達家族が住宅ローンを30年返済で組んだのが、2007年5月、まさに夫が37歳、私が31歳、長男が1歳、次男がお腹の中にいる時でした。 それまでは、夫の実家の2階を間借りして、夫の両親と一緒に同居していました。 しかし、さすがに家族が増えてくると、2階を間借りして、お風呂も台所も共同使用と言うのには無理が出て来てきました。 そこで、たまたま夫の実家の隣に、もう使わなくなって廃墟になっていた農機具小屋があり、そこを潰し更地にして、我が家を新築しても良いことになりました。 但し、当然ですが、資金は全部自分たちで調達しなければなりません。 当時の貯金は約1000万円はありましたが、当時流行していた太陽光発電付きオール電化注文住宅を希望し、その見積りは2500万円で、500万円程度はキャッシュフローとして維持したかったので、現実問題として、2000万円不足していました。 それで仕方なく、金融機関で

    焦ってしまった住宅ローンの大失敗 - ヒロニャン情報局
  • 誰にも言えない見てしまったもの。。。 - ヒロニャン情報局

    私が中学生の時の見てはいけないものを見たお話です。 私たち家族は、大きな家に引っ越し、親戚の家族と一緒に住むことになります。 私の家族5人と祖母、親戚の一家3人、合わせて9人での生活を送ります。 もともと親戚同士、お正月やクリスマスなどイベントが無くても家に集まるほど仲が良い間柄であったため、さほど抵抗なく、生活が始まりました。 そんなある日、私は親戚のおじさんに「部屋からハンカチを取ってきて欲しい。」と頼まれました。 私はおじさんの部屋に行き、洋服ダンスの中を探しました。 ハンカチを見つけ、取ろうとした時、奥に何かが隠してあるのに気づきました。 どうしても気になってしまい、私はそれを引っ張り出してしまいました。 今でもその時の好奇心を後悔しています。 なぜなら、隠してあったのは、10代の子供にはかなり刺激の強い大人向けのDVDだったからです。 私は慌ててタンスの奥の方にしまいました。 し

    誰にも言えない見てしまったもの。。。 - ヒロニャン情報局