彰彦(あきひこ)は大手出版社の文芸部門に所属する編集者だ。他社の新人賞贈呈式パーティーの帰りしな、酔いつぶれた家永嘉人を高円寺の自宅までタクシーで送り届けた。家永はデビューして二十数年のベテラン作家だがピークは十数年前で、その後は鳴かず飛ばずだった。 玄関先で寝入ってしまわないよう居間まで家永を連れて行った。そこで、まだ行き先の決まっていない原稿があり、彰彦は了解を得て読んで見ると、心に深く染み入る感動作であることが分かった。是非とも単行本にしたいと願い出たのだが…。 一冊の本を新刊書として本屋に送り出すには乗り越えなければならないハードルが幾つもある。無事に刊行までこぎつけたとしても売れなければ版元に返品されてしまうだけである。 第一の関門である編集長は「家永さんが別の作品でヒットを飛ばしたら」原稿を読むというのだ。それまでキープと称して原稿を寝かせておくつもりである。編集長が許諾したと