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ブックマーク / anarchism.exblog.jp (2)

  • 大杉栄・日本脱出記  3  第二章 「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」を読む  | 大杉栄

    第二章 「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」を読む 「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」は『改造』の一九二四年六月号に掲載された。画家林倭衛による大杉栄のフランス滞在時のドキュメンタリー記である。一九二三年、林は大杉栄とリヨン、パリで多くの時間を共に過ごした。大杉からの手紙を含む五万字余の報告記は林による大杉栄への長大な追悼記である。 大杉が虐殺されて半年余の時期に発表され、まだ関係者に影響が及ぶことを考慮し詳細な描写を避けている箇所もあるが、林自身と大杉を中心に滞在中の日々が詳細に語られている。 一九七〇年代に初出誌の『改造』を入手し黒色戦線社の大島英三郎さんに存在を伝えたが復刻版刊行に至らなかった。同時期に提供をした関連文献は復刻されている。 「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」に着目した松伸夫は『日的風土をはみだした男 パリの大杉栄』(一九九六年、雄山閣)を著した。松伸夫は東京外語大仏文科を卒業、毎日

    大杉栄・日本脱出記  3  第二章 「仏蘭西監獄及法廷の大杉栄」を読む  | 大杉栄
    Ereni
    Ereni 2022/06/23
  • 大杉栄・日本脱出記  第一章 大杉栄の「日本脱出」と外務省史料、「東京日日新聞」記者との会見 | 大杉栄

    アルス刊『日脱出記』  表紙 リンク 大杉栄 大杉栄の一九二二、三年の二度目の日脱出はメーデーでの演説からフランス官憲に拘引、国外追放で幕となった。そして神戸上陸から二ヶ月余りで虐殺され、今後のアナキズム運動をめぐる論議が東京で始まらんとした最中に大杉の意図はついえた。大杉はフランス滞在中、ベルリンに行き「ベルクマン、エマ、ヴォーリン」と語り合うことを願っていたがかなうことはなかった。 この最期の活動となってしまった「日脱出」、大杉の日不在は日の内務省、官憲を慌てさせたのは当然であったが、今回新たに外務省の外交史料中から大杉をめぐる日政府の対応の経緯が明らかになった。 またこれまで関連した文献で言及がないが、「東京日日新聞」記者がパリで大杉と合流をしメーデー当日に会見をしている。(鎌田慧氏が『大杉栄自由への疾走』で同記事には触れているがなぜか会見部分には言及をしていない)。 そ

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