真夏の炎天下、砂塵舞うグラウンドで白球を追い、流した汗と涙が「青春の象徴」として語られる。そんな甲子園大会は戦後日本の夏を彩ってきた。しかし、その構造や価値観は戦前からほとんど変わらず、時代の大きな流れから取り残されつつある。いまや、少子化・人材不足・経済的困難・価値観の断絶という複合的な要因が、大会そのものの存在意義を問い直している。そろそろ、甲子園を「当然あるべきもの」とする思考停止をやめ、廃止や大幅な形態変更も含めて議論するべき時期に来ているのではないか。 少子化が削る“競技人口”の土台 2024年、日本の高校生人口はおよそ100万人。昭和後期のピーク時から半減し、その影響は高校野球にも直撃した。2015年に約17万人いた野球部員は、2023年には10万人を下回った。これは単なる数字の減少ではなく、大会の競技的価値を揺るがす問題だ。 特に地方の現場は深刻だ。岩手県では3〜4校が合同で

