僕の携帯電話に父親からの着信履歴が入っていたのは、ゴールデンウィークも近いというのに雪でも降るのではないかと思えるくらい寒い日だった。 前回、父親との思い出について書いたが、親父と息子というのは、男同士の微妙な距離感を保持しているもので、これまで親父が僕に直接電話をかけて来たことは一度もなく、何か用事がある場合でも母親か姉貴を経由して連絡が来るのが常であった。着信に気がついた瞬間、僕の心臓がビクンと動いたのは、これが普通でない知らせであることを予測できたからである。 その後、次々と「ついに来るべきときが来た」という現実を否応なく受け入れなければならない状況が明らかになり、僕は急いで広島に帰ることにした。 病室で会った母親は、お見舞いで頂いたサクランボをおいしそうに食べていた。「もう退院して家に帰れる目処がたったから、わざわざ来ることないのに。サクランボがおいしいから食べてみんさい。」と言っ